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その質問くる!?――教える立場で気づいた、本当の成長

新人に鍛えられる日々が、いつの間にか自分を前に進めていた話 うわっ、質問が厳しくないっすか!? そう心の中で叫んだのは、新人研修の真っ只中だった。Webシステム、Javaを本格的に触り始めてまだ1年半。社会人になってから始めたJavaだ。大学ではCをやっていたから、プログラミング自体が初めてではない。でも、オブジェクト指向、言語ごとの思想の違い、設計の考え方……正直、必死に勉強してきた、というのが実感に近い。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       「完ぺきじゃない自分」が教える側に立つ そんな状態で、今度は新人の皆さんにJavaを教える立場になった。人数は30人。5人ずつのグループで6チーム。同じ説明を何度も繰り返す日々だ。不思議なもので、同じことを話していると、自分の理解も少しずつ深まっていく。「あ、ここ曖昧だったな」と気づく瞬間が増えていった。 新人のほうが、分かっていることもある でも現実は、そう甘くない。質問が鋭い。いや、正確に言うと、かなりシビアだ。年代もたった1年ほどしか変わらない。Javaは比較的新しい言語だから、自分よりも深く触ってきた人がいても不思議じゃない。新人の皆さんのほうが理解している部分も、正直たくさんあった。 「分かってないな、って思われてるんだろうな」 そんな考えが頭をよぎるたび、最初は悔しかった。 諦めた先に、見えたもの でも、しばらくすると、ある意味で諦めた。 ――完ぺきに教えるなんて、今の自分にはできない。 じゃあ、何ができるのか。一生懸命、今の自分が理解していることを伝える。それだけだ。間違っていたら修正する。分からなければ調べて、次に活かす。 そうやって、ちょっとずつ修正しながら前に進んでいった。 忙しさの先にあった「楽しさ」 気づけば、忙しさにも慣れていた。質問が飛んでくるのが怖い、という感覚も薄れていく。むしろ、「いい質問だな」と思える瞬間が増えていった。新人の皆さんと一緒に悩み、一緒に考える。いつの間にか、これは「教える場」ではなく、「共同プロジェクト」になっていた。 完ぺきじゃなくていい。前に進み続ければいい。 そう思えたとき、少しだけ視界が開けた気がした。 私ならできる!明日から踏み出す
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これ全部今週!?――研修初日から全力疾走の現実

説明会の嵐が教えてくれた、「始まり」の重さ うわっ!嵐みたいに始まったぞ――説明、説明、また説明! そんな感嘆が、6月末のある朝、頭の中を駆け巡った。ついに新人の配属。静かな助走期間なんてものはなく、いきなり怒涛の日々が幕を開けた。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       ◆6月末、ついに新人が来た 会議室に集まるフレッシュな顔ぶれを前に、まずは課長、そして上の先輩方からの挨拶が続く。歓迎の言葉と同時に、場の空気は一気に「仕事モード」へ切り替わった。 その裏で、頭の中では別のタスクがぐるぐる回り始める。プロジェクト説明の段取り、時間配分、資料の順番――調整することだらけだ。 ◆先輩の話も、調整が必要 次は先輩エンジニアたちの説明。ここでもただ話してもらえばいい、というわけにはいかない。 内容の重なりはないか、難しすぎないか、新人の理解ステップに合っているか。スケジュールを組み替えながら、ドキュメントにも手を入れていく。 ◆そう、プログラマーは何でもする プログラムの説明が始まれば、当然質問が飛ぶ。すると見えてくるドキュメントの不備。 「ここ、分かりにくいですね」 その一言で、修正タスクが増える。夜になり、みんなが帰ったオフィスで、ひとり静かに資料を直す時間が続く。概要説明を詰め直し、構成を整理し、言葉を選び直す。 ◆チーム分けも、簡単じゃない さらに悩ましいのがチーム分けだ。30人の新人を、どう組み合わせるか。 2人で30人のプログラム教育。しかもゴールは、アプリを作って、サーバで動かすところまで。理想と現実の間で、スケジュール表とにらめっこする毎日だ。 ◆やばい、終わるのか、これ??? 正直、不安しかない。 「本当に回るのか?」 「このペースで大丈夫か?」 そんな問いが、何度も頭をよぎる。だが同時に、これは間違いなく 1つのプロジェクトのスタート でもある。 ◆不安の中で、前を向く 完璧な準備なんてできない。走りながら直すしかない。 説明会の嵐に巻き込まれながら、少しずつチームが動き始めるのを感じる瞬間もある。 だからこそ、言い聞かせる。 私ならできる!明日から踏み出す

もう先輩!?――30人を前に立った日の話

新人だった自分が、教える側に立つまで うわっ、先輩ってどう振舞うんだ!? そんな言葉が、頭の中をぐるぐる回っていた。 気づけば私は、新人の教育係として紹介される立場になっていた。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       突然始まった「教える側」の役割 今年の新人たちを対象に、2か月間でアプリを作り上げる研修プロジェクトが立ち上がった。 内容を聞いた瞬間、「え、自分が?」と心の中でつぶやいたのを覚えている。 準備は、もう一人の先輩と二人三脚。 研修内容を詰め、スケジュールを引き、どこでつまずきやすいかを想像しながら資料を作る。 「これ、新人に伝わるかな?」 そんなやり取りを、何度も繰り返した。 配属発表と、少し張りつめた空気 その年の新人の配属が、少しずつ決まってきた。 部長や課長が各部署を回り、挨拶と業務内容の説明をしていく。 その様子を後ろで見ながら、「もうすぐ本番だな」と、静かに覚悟が固まっていった。 そして迎えた懇親会。 私も“先輩”として参加することになった。 初対面30人、そして「研修をリードする先輩」 会場に入った瞬間、視線が一斉にこちらを向く。 初めて顔を合わせる30人。 その場で私は、「今回の研修をリードする先輩です」と紹介された。 ドキドキした。 いや、正直に言うと、かなりドキドキした。 いきなり、30人の先生役。 しかも、みんななんだかプログラミングができそうな顔をしている。 「このメンバーに教えていくのか……」 期待と不安が、同時に押し寄せてきた。 距離感も、緊張も、全部ひっくるめて 話しかけてくれる人。 少し距離を取る人。 やけに距離感が近い人。 本当に、いろいろいる。 会話をしながらも、手のひらにじんわり汗がにじんできた。 「結構、緊張してるな、自分」 そう自覚した瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。 完璧な先輩じゃなくていい。 まずは、ちゃんと向き合えばいい。 そんな考えが、ふと浮かんだ。 来月から始まる、本当のスタート 懇親会の帰り道、先輩と二人で話した。 「来月から研修始まるね」 「ちょっとドキドキするね」 その一言で、すべてがつながった気がした。 不安なのは、自分だけじゃない。 だからこそ、...

時間ってこんなに違うの!?――社会人2年目、チームで学んだ“見えない制約”の話

残業が当たり前だと思っていた僕が、立ち止まった日 d うわっ!同じプロジェクトなのに、こんなにも時間の流れ方が違うなんて――。 社会人2年目、僕は「時間の管理」という、想像以上に厄介な壁にぶつかっていた。     2年目で直面した“人それぞれの時間” そのプロジェクトは、たった2人のチーム。 先輩は優秀で、指示も指摘も的確。いわゆる頭の切れる人だった。ただし、事情があった。小さいお子さんがいて時短勤務。さらに、関節症を抱えていて、痛みが強い日は少し休みがちだった。パソコンを打つのもつらい時がある、と聞いた。 正直、関節症がどんなものかよく分からず、僕はよく検索していた。女性に多いとか、慢性的な痛みが続くとか。そんな情報を少しずつ知りながら、先輩とも話をした。先輩は症状のことを隠さず話してくれて、子どもを抱っこするのも大変だとか、保育園のお迎えの話も聞かせてくれた。 残業続きの現場から来た“ギャップ” 直前まで、みんなで終電近くまで残業するのが当たり前のプロジェクトにいた僕にとって、その環境はあまりに違った。 16時を過ぎると、先輩は帰る準備を始める。僕はというと、その後ひとりで終電まで作業。正直、戸惑った。 「先輩も苦しかったんだろうな」と今なら思える。でも当時は、「自分がやる!」という意識だけで走っていた。そんな気持ちが、ずっと続くわけもない。 途中から、「なんで?もう少しやってくれても良いやん…」そんな感情が頭をもたげた。 爆発と、救われた瞬間 毎日、16時前になると、先輩は宿題をきれいにリスト化して帰っていく。 ある日、いろいろ指摘を受けたタイミングで、つい言ってしまった。 「先輩、もう無理です」 先輩の行動は早かった。 「え?無理?」と聞くなり、すぐ課長のところへ行き、応援要請。ほどなく、サポートの先輩たちが現れた。 ありゃ?と思った。 あ、ちゃんと話していいんだ――そう気づいた瞬間だった。 今でも覚えている。あの時の先輩の判断。 これが、チームを救う行動なんだ。 早いうちに気づけてよかったこと 今思えば、社会人2年目で「人にはそれぞれ時間の制約がある」と理解できたのは、すごく大きかった。でも、当時は本当に頭を悩ませた。 それでも、抱え込まずに言葉にすること、助けを求めることの大切さを、あの...

全部任されるの!?――社会人2年目、冷や汗から始まった責任の話

新人研修プロジェクトが教えてくれた「逃げられない現場」 うわっ、まさかこのタイミングで!?――社会人2年目に入ったばかりのある日、私は思わず声にならない声を漏らしました。 任されたのは、新人向けの研修プロジェクト。しかも「ほぼ担当すべて」を任される形です。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       社会人2年目、役割が一気に変わった日 昨年までは、先輩の背中を追いながら必死に食らいつく立場でした。 でも2年目になった瞬間、状況は一変します。 「今回は君がメインで進めてほしい」 その一言で、プロジェクトの重みが肩にのしかかりました。 準備期間は1か月、条件はなかなか厳しい 準備期間は約1か月。 担当は、経験豊富な女性の先輩と私の2人。 サポートとして何人か頼れる先輩はいるものの、同じチームの先輩は技術屋ではなく、さらにお子さんが小さく、勤務時間は10時から16時の短時間勤務。 つまり、実質的に「自分がやらないと、後がない」状況でした。 CosminexusとHiRDB――情報が少ない現実 課長から示された方針は明確でした。 「去年の研修資料を使いつつ、サーバ構成は大幅に変える。基盤は日立のCosminexus、DBはHiRDBでいこう」 Cosminexusは昨年少しだけ勉強したことがある。 HiRDBもDBだから、Oracleと似ているはず。 そう自分に言い聞かせましたが、ネット上の情報は驚くほど少ない。 救いだったのは、社内システムなのでマニュアルだけは手に入ることでした。 やることは多い、でも立ち止まれない 環境構築、設定確認、動作検証。 ドキュメントも一部は作り直し。 タスクは山積みで、毎日が判断の連続です。 「これで本当に大丈夫か?」 冷や汗をかきながらも、不思議と逃げたい気持ちはありませんでした。 冷や汗の先に芽生えたもの 気づけば、責任感がはっきりと芽生えていました。 与えられた条件は確かに厳しい。 でも、やらないと前に進まない。 誰かがやるのを待つより、自分がやる。 社会人2年目で初めて、「任される側」の覚悟を持てた気がします。 この経験は、きっとこれから先の自分を支える土台になる。 そう信じて、今日も一歩ずつ積み上げていく。 ...

この体制!?――夏を乗り切る鍵は「人の組み方」にあった

新人講習と同時に始まった、静かな覚悟の物語 うわっ、ここで体制発表!?――思わず背筋が伸びた瞬間だった。 新人講習のリードを任されることになり、同時にチーム体制が発表された。内容を聞きながら、これは単なる役割分担ではない、と直感した。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       支える人たちが、すでに決まっていた 体制の中心には、社内でも「優秀」と評判の女性課長。その隣には男性課長がサポート役として控える。安心感のある布陣だった。 さらに、前回の技術サポートを担っていた先輩2人が、今回は「支援」という立ち位置で入る。全体として、守りは堅い。 実際に動くのは、たった2人 だが、実務を回していくのは2名だけ。 ――私と、1人の先輩。 その先輩は女性だった。女性が普通に活躍している会社なので、2人チームが女性×男性でも、正直まったく驚きはなかった。 リーダーは先輩。担当と実務は私。役割は明確だった。 一番の難題は「時間」だった やってみて分かったが、一番大変だったのは作業量ではない。時間の配分だった。 先輩は育休明け。お子さんはまだ2歳。勤務は時短で、10時から16時まで。 さらに、極度の関節症を抱えており、ひどいときは動けないこともあるという。 最初に打ち明けてくれたこと その事情を、先輩は最初に正直に話してくれた。 だからこそ、基本作業も説明も、私がやらなければならない。 ただ、その時点では「それがどういう意味を持つのか」を、正直よく分かっていなかった。 見えていなかった、自分への影響 「先輩、大変だな」 そう思ってはいた。でも、自分の作業にどれほど影響するのかまでは想像できていなかった。 やるほどに、自分が前に出る場面が増えていく。その現実に、少しずつ気づき始めた。 それでも、一緒にやる理由 それでも――先輩は、驚くほど熱意があった。 限られた時間の中でも、チームのこと、新人のことを本気で考えている。その姿勢が、はっきり伝わってきた。 「この方と一緒に、夏の最後まで乗り切るんだ」 そう腹をくくった瞬間、体制の意味が腑に落ちた。 チーム体制は、覚悟の設計だ チームの体制は、単なる配置ではない。 誰が前に立ち、誰が支え、どこで踏ん張るのか。その覚悟まで含めて設計さ...

次は教える側!?――HyperCare明けに待っていた“新人講師”という現場

HyperCareの先にあった、もう一つの本番 うわっ、もう次!?――椅子に深く座る間もなく、次の現場が決まった。 1ヵ月続いたHyperCareからようやく解放された僕に、次のプロジェクトのアサインが告げられた。その内容を聞いた瞬間、少しだけ背筋が伸びた。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       次の役割は「新人の講師」 次に入ってくる新人の講師担当。 正確には、3か月の研修を終えた新人のうち、金融系システムを担当するメンバーを鍛える役割だという。毎年、金融システムに配属された何十人かを5人組に分け、チームで開発を経験させる研修。その“現場の先生役”が僕らになる。 そう、去年は自分が受ける側だった研修だ。 Javaだけじゃない、教える範囲の広さ 何十人もの新人にJavaの基礎を教え、サーバ構成、プログラム構成を説明する。それだけじゃない。 要件定義の考え方、設計の進め方、テストの方法、エビデンスの残し方まで、開発の全体像を伝えなければならない。 自分自身がこの研修を基礎に成長してきたことを思うと、その重要性はよく分かる。だからこそ、責任も重い。 夜遅くまで詰まった、あの記憶 ふと、去年の記憶がよみがえった。 詰まりに詰まって、夜遅くまでビルに残っていた日々。特にサーバ管理は難しかった。Javaのサーバ周りは変化が早く、最新を追い続けるのが本当に大変だった。 おっと、これは結構タフなのがきたぞ、と正直思った。 同じビル、同じ通勤時間という救い 研修の場所は、去年と同じビル。 良かった、通勤時間は変わらない。遠くない。それだけで、少し気持ちが軽くなる。同期の中には、遠方のプロジェクトに配属され、満員電車がしんどいと愚痴っている人もいる。それに比べれば、恵まれているのかもしれない。 とはいえ、何十人もの質問に答えるのは簡単じゃない。これはこれで、かなりタフだ。 少人数体制だからこそ、気が引き締まる 対応人数は、メインが僕ともう1人。そこに先輩2人がサポートに入る体制だという。決して多いとは言えない。 だからこそ、逃げ場はない。自然と気が引き締まった。 教える立場になるということは、自分の理解が試されるということでもある。去年の自分を思い出しながら、今年は支える側に立つ。その変...