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そんな基準!?「運の強い人しか雇わない」という言葉が、やけに現実だった話

選抜100人の裏側で見えた、実力と運のリアルな関係 ■ えっ!? その一言が、ずっと頭から離れなかった え、マジで!? 「誰かが、運の強い人しか雇わないと言っていた」 この言葉を聞いたとき、最初は少し極端だと思った。でも、あるプロジェクトの選考構造を知った瞬間、その考えがガラッと変わった。 ■ 始動プロジェクトは、選抜100人。応募は1,000人 始動プロジェクトは、選抜100人。 応募者は1,000人規模らしい。単純計算で10倍の倍率だ。 最初の関門は、事業計画書とPRビデオ。この2つで、まず選考が行われる。 ■ PRビデオは1回。でも、1,000本を見る側の現実 PRビデオは、おそらく1回ぐらいしか見られていない。 でも、選考する側は、それを1,000人分見る。これは正直、想像以上に大変だ。 集中力も体力も削られる中で、すべてを同じ熱量で見るのは不可能に近い。 ■ この中で選ばれるのは、もう「運」じゃないか そんな状況で選ばれるというのは、もう運だと思う。 もちろん、何かが優れていた可能性はある。でもそれ以上に、「たまたま審査員がちゃんと見てくれた」「その瞬間、刺さった」。そういう要素が確実にある。 つまり、そういうことだ。 ■ スタートアップと新規事業は、運の要素が本当に強い スタートアップや新規事業の世界には、いい考えの人が本当にたくさんいる。 「あれ?こんな事業でもいいの?」と思うようなアイデアが進む一方で、練りに練った案が止まることもある。 ■ 事業になるかどうかは、運に背中を押されるか どんなに良いアイデアでも、うまくいかないことはある。 いや、「運が悪ければ」ではない。どちらかというと、 相当運が良くないと前に進まない 。 その運の中には、審査員の先生との相性も大きく含まれている。 ■ 審査員との相性が、未来を一気に変える 先生の思考や価値観と事業案が合致した瞬間、「これは良い事業だ」と評価される。 その結果、VCから投資してもらえたり、融資につながったりする。流れは一気に変わる。 ■ 事業計画書の完成度と、それでも超えられない壁 事業計画書の説明具合、数字の積み上げ方。 もちろん、フォーマットに合わせ、売上計画や資金使用計画を丁寧に作ることは重要だ。 それで突っ込みは減る。...
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まさか!? 立場も肩書きも違うのに、向き合う“顔”は同じだった

始動プロジェクトで気づいた、「課題」に立つ人間の共通点 うそでしょ!? 大企業も、個人も、起業家も、主婦も。こんなにも背景が違うのに、同じ空気を感じるなんて——。     ■ 始動プロジェクトが、他のアクセラと決定的に違うところ 始動プロジェクトが、他のアクセラレーターと違う点が、もう一つあると感じています。 それは「集まっている人の幅」と、「そこで起きている不思議な揃い方」です。 新規事業系のアクセラには、実に多様な人が集まります。 大企業を辞めて新規事業に挑む人、大学からそのままスタートアップの世界に飛び込んだ人、主婦として生活しながら課題解決に取り組む人、インフルエンサーとして影響力を持つ人。 基本的には、完成度の高い 事業アイデア を中心に話が進みます。 ■ でも、始動はちょっと不思議だった ところが、始動は少し違いました。 課題意識は明確なのに、事業アイデアはまだフワッとしている人がいる。 企業に所属しているがゆえに、「会社に内緒で来ているので、社名は出せません」と話す人もいる。 一方で、企業の新規事業部として参加し、豊富なリソースを前提に動いている人もいる。 個人事業として静かに進めている人、すでに起業して一定の規模まで成長させている人もいる。 ■ ステージが違う。だから、最初は噛み合わない 正直に言うと、ステージが違いすぎて、課題感や事業感が合わないと感じました。 「これは本当に同じ場として成立するのか?」 そんな疑問が浮かんだのも事実です。 初日、ある程度の状態で事業案を共有し合う時間。 ——何人に話しただろう? ——何人の事業案を聞いただろう? 課題だけを語る人。 企業のリソースをふんだんに使った構想を語る人。 これまで参加してきたアクセラとは、明らかに違う空気がありました。 ■ だからこそ、「間近で見られる」面白さがある でも、同時に強く思いました。 「これを、どう実現に持っていくのかを、間近で見られるのは面白い」 立場も、肩書きも、進捗も違う。 それでも、課題に向き合うときの“目”は、驚くほど同じでした。 できるかどうかは分からない。 それでも、やらずにはいられない——その姿勢だけは、全員に共通していました。 ■ 面白いところに来た。これが率直な気持ち ...

うそでしょ!? 壁に向かって話し続けたら、事業の“本音”が見えてきた

始動プロジェクトで知った、壁打ちの本当の意義 ■ え、そこまでやる!? 壁打ちへの認識が変わった瞬間 え、そこまでやる!? 最初に「壁打ち」という言葉を聞いたとき、正直そこまでの重要性は感じていませんでした。アイデアを誰かに話して、意見をもらう。多少は整理されるけれど、それ以上でも以下でもない——そんな印象だったのです。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       ■ 始動プロジェクトで出会った“違和感” その認識が大きく変わったのが、始動プロジェクトでの経験でした。 ここでの壁打ちは、単なる相談や雑談ではありません。「すごい壁打ち」という講義を通じて、問いの立て方、聞き方、受け止め方そのものを鍛えられる。事業アイデアを発表すれば、良い点も課題も、遠慮なくフィードバックが飛んできます。 ■ 「それって本当に課題?」と問い続けられる日々 「それは誰の困りごと?」 「こうしたら? こっちは?」 事業の良しあしを、感覚ではなく構造で見られる。自分では気づかなかった前提や甘さが、次々と浮き彫りになります。この徹底度は、これまで経験してきた壁打ちとは明らかに違いました。 ■ 壁打ちに助けられ、壁打ち相手にもなってきた これまでのキャリアでも、壁打ちに助けられた場面は数多くありました。同時に、自分が壁打ち相手になることも少なくありませんでした。だからこそ分かります。始動の壁打ちは、とにかく「量」で圧倒してくるのです。 ■ 毎朝・毎晩のオンラインピッチ大会 毎朝、毎晩のオンラインピッチ大会。 講義がない日でも、アルムナイの方が企画するピッチ、自分たちで自然発生的に始まる壁打ちが続きました。話して、聞いて、また話す。その繰り返しが、日常になっていきます。 ■ これで事業が伸びるわけじゃない 正直に言えば、これで事業が一気に伸びるわけではありません。売り上げがすぐに上がるわけでもない。数字だけを見れば、何も変わっていないように感じる瞬間もあります。 ■ それでも、量で圧倒する意味 それでも続ける理由がありました。 量で圧倒する壁打ちを重ねるうちに、自然と「自分と向き合う時間」が増えていったのです。なぜこの事業をやりたいのか。何に違和感を覚え、何にワクワクするのか。問い続ける中で、自分の...

そこ強調する!? 会話の中で自然に出てくる「◯期」という言葉

始動プロジェクトで知った、アルムナイネットワークという本当の強さ ■ 驚きの自己紹介。「私は何期です」 え、そこ強調する!? 始動プロジェクトに入って印象に残ったのは、自己紹介の“内容”だった。会社名や今やっていることを話す流れの中で、ごく自然に出てくるのが「私は始動◯期です」という一言。 「私は何期」「私は◯期」——そんな言葉が、特別な説明もなく会話に溶け込んでいる。ちなみに私は11期。この“期”を共有する感覚が、不思議と距離を一気に縮めてくれる。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       ■ 運営の中心は、アルムナイ さらに驚いたのは、 運営の多くをアルムナイが担っている ことだ。 周囲を見渡すと、本当にアルムナイが多い。単なる卒業生ではなく、今もこの場を支え、進化させ続けている存在。これは他のアクセラレーターと比べても、かなり特徴的な部分ではないだろうか。 ■ 10年目で進化したプログラム設計 始動は10年続いてきたプログラムで、今年から大きくやり方が変わったらしい。 参加者は最初100人。これは毎年同じだが、今年から 中間発表が入り、50人に絞られる 。 そして最終的に、 シリコンバレーに行けるのは10人 。去年までは20人だったというから、かなりの少数精鋭だ。 小回りを良くし、シリコンバレーでの研修をより濃くする——確かに納得感はある。でも正直、狭き門になっているのも事実だ。 ■ 目的と気持ちの、ちょっとしたズレ もちろん、シリコンバレーに行くこと自体が目的ではない。 でも、選ばれなかったら悔しいだろうな、という気持ちもある。そこに意識を寄せすぎると、ビジネスがぶれるかもしれない。だからこそ、まずは 自分のビジネスを何とかしないと 、と何度も立ち返る。 ■ 講師の多様さが、視野を広げる 講師は毎回変わり、著名な方も多い。他のアクセラでも素敵な講師はいたし、正直「良しあし」は簡単には分からない。 著名でなくても、自分に合う人は必ずいる。ただ、 多様な考え方に触れられる環境そのものが価値 だと感じている。 ■ アルムナイが近くにいるという強み そして何よりの魅力は、 すでにビジネスをしているアルムナイが身近にいること だ。 だからこそ、なるべく多くの人に自分の...

質問だけで未来が変わる?——“質問力”という最強スキルを武器に立ち上がった日

①:虎ノ門ヒルズで始まった“非日常” 「えっ、ここから全部始まるの!?」——8月30日(土)、東京・虎ノ門ヒルズに足を踏み入れた瞬間、胸がざわついた。 始動プロジェクト の初日。受付を済ませると、すぐに講義がスタート。しかも、会場にいるのは“知らない人ばかり”だ。 さらに驚いたことに—— みんな、すでに事業計画を持っている。 熱量の高い参加者ばかりが揃い、空気はもう「本気モード」一色。 その瞬間、心の底から思った。 「え? 自分、本当にここでやっていけるの?」 不安とプレッシャーが一気に押し寄せ、押しつぶされそうになる。     ②:思い出した——自分にも武器がある しかし、胸の奥で小さな声が聞こえた。 ——いや、自分だってグローバル企業でやってきたじゃないか。 ——悩んで、もがいて、身につけた武器があるだろう。 そう、私には「 質問力 」がある。 最初の講義で、真っ先に役に立ったのはまさにこれだった。 グローバル企業で働く中で、何度も自分を覚えてもらう方法を考え続けた。 その結果、身につけたのが、 質問で相手の器や思考の深さを見抜く技術 だった。 ③:質問は“攻め”のコミュニケーション 質問は、ただ疑問を投げるだけじゃない。 相手の答え方で、どれだけ思考が深いか、どれだけ頭の回転が速いかが分かる。 そして何より—— はまった時の質問は、場を温める。 人によっては、私の質問を起点にして、 ウェットの効いたジョークを交えながら、全体へのメッセージをのせて回答を作り上げる人もいる。 そういう場面に出会うと、心の底から「すごい!」と思う。 そして同時に、 「その回答を引き出せた自分の質問も悪くなかったな」 ——そう褒めてあげたくなる瞬間がある。 ④:新しい場所こそ、武器を使い切れ だからこそ、ここでも遠慮はいらない。 新しい場所だからこそ、武器を使い切る。 悩んで身につけたスキルを、出し惜しみする理由なんてどこにもない。 講義に参加していくうちに、最初の焦りは消えていた。 質問を通して、思考の輪郭がくっきりし、 周りからの刺激も心地よいエネルギーに変わっていく。 気づけば、私はもう前を向いていた。 ⑤:未来は、たった一つの“問い”から動き出す そして確信した。 未来を動か...

これ運命!? ——“始動プロジェクト”との劇的な出会い

メンターの一言が、人生のギアを一段上げた日 ■ 予想外の始まりは、まさかの一言から 「うそでしょ!? まさかこんな形で人生が動き出すなんて——」 そんな言葉から始めたくなるほど、私と「始動プロジェクト」の出会いは突然でした。 すべての起点は、教育領域で起業されている 白川寧々さん というメンターの存在です。 私には仕事・人生ともに相談できる人が必要で、寧々さんはまさに理想の相談相手でした。 話をじっくり聞いてくれるだけでなく、方向性にも的確な意見をくださる。本気で向き合える貴重な時間がそこにありました。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       ■ スタートアップへの興味と、アイデアの渦 メンターについてしばらくした頃、私は「スタートアップを検討している」と正直に伝えました。 頭の中には多くのアイデアがあり、それを一つひとつ共有していくと、寧々さんはこう言ったのです。 「そんなにアイデアがあるなら、始動プロジェクトとか向いているかもしれないね」 それは衝撃でした。 なぜなら—— 当時の私は“アクセラってなに?”状態。スタートアップ界隈の言葉はほぼ未知。 それでも、その一言が私の心に火を付けました。 ■ 2023年:初めて知ったのに、もう終わっていた しかし2023年、知ったときにはすでに 募集終了 。 挑戦したくてもスタートラインにすら立てませんでした。 そこで私は、始動とは関係なく 個人事業を開始 。 正直、これがまた難しく、壁だらけの毎日。でも少しずつ形になり、「やっぱり挑戦は面白い」と思えるようになっていきました。 ■ 2024年:前日準備で挑むも、不合格 2024年、ついに始動プロジェクトの案内が届きました。 しかし案内は不規則で、確認が遅れ… 準備はなんと“前日”。 夜遅くまで寧々さんと資料を作成したものの、準備不足は否めず、結果は 不合格 。 落ち込む気持ちはありましたが、それでも挑戦したことには意味がありました。 ■ 2025年:ついに合格。ここから本当の始動へ そして2025年。 今年はしっかり準備ができ、応募資料も磨くことができました。 結果は、ついに… 合格。 報告すると、寧々さんも本当に喜んでくれました。 「ようやくここまで...

うそでしょ!? フランス研修“最後の発表”で人生がひっくり返った日

1年間の挑戦がひとつにつながった瞬間——フランス語と仲間と、私自身への信頼の物語 うわ、マジで…これが“最後の発表”!? そんな衝撃と高揚を胸に、私はフランス研修の1年間を振り返っていた。 語学学校3カ月、企業研修8カ月——まるで濃縮100%のジュースみたいに詰まった1年だった。 最初は、本当に言葉が出なかった。 クラスで質問されても固まる。 買い物でも言葉が回らず、悔しくて、寮の部屋で何度もため息をついた。 でも、そこからが勝負だった。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       ■レポート地獄と“旅7カ国”のコントラスト 仲間の多くが10カ国以上旅していた中、私が行けたのは7カ国。 周りに比べたら少ないほうだったけれど、理由ははっきりしている。 ——後半戦、私はレポートに完全に飲み込まれた。 フランス語と日本語の2言語で書く膨大なレポート。 AIも翻訳も禁止。 辞書だけを握りしめ、カフェでも、寮でも、研究所でも、毎日ひたすら書いた。 それでも、気づけば私は“フランス語で書く自分”が当たり前になっていた。 語学のテストも中級クリア。 気づけば、英語よりフランス語のほうが話しやすくなっていた。 ■海外での一人暮らし、働く研究所、毎日のバス通勤 冷蔵庫の買い方から、公共料金の支払い、初めての研究所での仕事。 海外での一人暮らしは、誰も助けてくれない分、すべてが自分の成長につながった。 毎朝、眠い目をこすりながら乗ったバス。 研究所に着くと、フランス人の仲間が「Bonjour!」と声をかけてくれる。 その積み重ねが、私を少しずつ“フランスの日常”へ引き上げてくれた。 気づけば、多くのフランス人の友人ができていた。 でも——どれだけ仲間が増えても、 一番頼りになるのは、やっぱりホストファミリーだった。 語学研修が終わっても、私は何度も彼らに会いに行った。 土日のバーベキューで鍛えられた食欲とコミュ力は、今でも忘れられない。 ■そして、“最後の発表” フランス語で戦った1年間。 泣いた日も、悔しい日も、嬉しい日も全部つめこんだ最終報告。 スライドを開いた瞬間、胸の奥が熱くなった。 ——ああ、ここまで来た。 ——自分でここまで来たんだ。 ブルカヌスという...