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消えた“勝ち組営業”の正体——利益の裏で壊れていく現場

うわっ…勝ったはずのプロジェクトが、静かに崩れていく音がした。 ■社会人8年目、戦場は200人規模 あの頃、私は社会人8年目。200人規模の大型プロジェクトのど真ん中にいた。 複雑に絡み合う要件、膨れ上がる期待、そして見えないプレッシャー。 それでもチームは一丸となり、なんとか前に進んでいた。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       ■勝利の裏にいた“もう一人の主役” そのプロジェクトを勝ち取ったのは、ある営業だった。 ただし——社内では有名な“パワハラ営業”。 私は意識的に距離を取っていた。 直接指示を受けないようにし、開発に集中する。 それが自分なりの防衛策だった。 しかし、役職が上がり、プロジェクトで目立つようになるにつれ、 少しずつ接点が生まれていった。 ■後から見えた「勝ち方」の正体 後で聞いた話だが、その営業は強引な価格交渉で仕事を取っていたらしい。 顧客から価格情報を引き出し、そのさらに下を提示する。 「勝つ」ことに徹底した戦略。 確かに案件は取れる。評価も上がる。 だが、その裏側で何が起きていたのか。 ■赤字で始まるプロジェクト 開発は完全に赤字スタート。 そのツケはすべて現場に回ってくる。 開発部長は頭を抱え、 「この条件でどう成立させるんだ」と悩み続けていたという。 顧客側にそれとなく聞いても、 「かなり強引に値段を聞かれた」との声。 つまり——最初から歪んでいたのだ。 ■“安さ”に支配されたシステム このプロジェクトで優先されたのは、システムの本質ではなかった。 いかに安くするか いかに営業で勝つか その結果、設計は後回し。 不完全な仕組みの上に、無理やりプログラムを積み上げていく。 当然、限界は来る。 現場は疲弊し、 「なぜこうなったのか」を誰も語らなくなる。 ■それでも運用は回るという現実 皮肉なことに、運用フェーズに入ると利益は出始める。 帳尻は合ってしまう。 だから、このやり方は“正解”として残り続ける。 しかし、その裏で消耗していくものは何か。 それは、現場の信頼と技術の持続性だ。 ■金融システムの裏にある“人の思惑” この経験で気づいた。 日本の中枢を支える金融システムですら、 純粋なロジックだ...

その“ありがとう”は誰のものか?—パワハラ営業に捕まった夜に見た、大企業の静かな崩壊

うわっ…静かなオフィスに、怒号だけが響く夜がある——。 ■ 深夜の訪問者というストレス あの頃、深夜残業は当たり前だった。10時、11時。やっと自分の仕事に集中できる時間に、決まって現れる“営業”。しかも課長クラス。なぜこの時間に来るのか。なぜこのタイミングで人を捕まえるのか。現場のリズムを完全に無視したその振る舞いに、誰もが内心うんざりしていた。 ■ 上にはペコペコ、下には強圧 その営業は、たまに部長と話している姿を見かけた。驚くほど低姿勢で、まるで別人だった。だが現場では違う。お客様の前でメンバーを叱責し、会議室の椅子を蹴飛ばして壊したという話も聞いた。実際、お客様にそれとなく聞いたときも「あぁ、あの人ね」と、すぐに通じた。つまり“有名”だったのだ。悪い意味で。 ■ 捕まった、その日 ある日、ついに自分も捕まった。「これ、英語の資料。翻訳して」。別に翻訳くらいやる。ただ、時間もないし概要だけ訳して返した。すると後で呼び出され、激怒。「今すぐ全部やれ」。その場で全ドキュメントを、1時間で翻訳させられた。 ■ 屈辱の本質は“構造”にある 英語が話せない人に偉そうにされる。それ自体も不快だが、それ以上にきつかったのは、周囲の空気だった。「可哀想に…」という視線。しかし誰も何も言わない。誰も止めない。この“見て見ぬふりの構造”こそが、人を追い詰める。あぁ、こうやって人は病んでいくのか、と実感した瞬間だった。 ■ 「ありがとう」で終わる歪み 翻訳が終わると、「ありがとう」の一言。それで終わり。そこに悪意はないのかもしれない。しかし、過程を無視した感謝は、むしろ暴力に近い。評価されるのは成果だけ。プロセスで何が起きたかは、誰も問わない。 ■ 回避できる人、できない人 その後、自分はその人の仕事を徹底的に避けた。幸い違う部署だったからできた。しかし、もっと密接に関わる部署ならどうだったか。逃げ場のない人たちは、どうなっていたのか。これは個人の問題ではない。構造の問題だ。 ■ 大企業の“見えない闇” こうしたパワハラ営業が幅を利かせていた現実。それは一部の異常者の話ではなく、大企業の中で許容されていた“文化”だった。巨大組織の中では、数字を作る人間が正義になる。そしてその裏で、静かに削られていく人がいる。 ■ ビジネスとしての示唆 ここで問うべき...

怒鳴り声が正義だった時代——平成のパワハラ営業が残した“歪んだ成功体験”

うわっ…成功って、こんなに“うるさい”ものだったのか!? ■ 社会人7年目、現場の違和感 社会人7年目の中盤、私はある開発ベンダーの現場にいた。 それなりに経験も積み、プロジェクトの中核を担い始めた頃だ。だが、そこで目の当たりにしたのは、スキルでも戦略でもない、「声の大きさ」が支配する世界だった。 ■ パワハラ営業という“文化” その現場には、ある有名な営業部長がいた。 社内外で結果を出していることで知られていたが、その裏側は強烈だった。 夜、お客さんと飲んで帰ってきたその足で、突然「11時から会議だ」と号令がかかる。 開発チームの部長陣が呼び出され、席に着いた瞬間——怒鳴り声が飛ぶ。 机を蹴る。 資料を投げる。 言葉ではなく“圧力”で支配する空気。 それが、その場では「当たり前」だった。 ■ 見ているだけで削られる現場 私は直接怒鳴られることは少なかった。 だが、自分の上司が目の前で責められる姿を見るのは、想像以上に消耗する。 ある日、上司がモノを投げられた。 その後、頭を押さえながら静かに戻ってきた。 何も言わず、ただ席に座る。 その背中が、すべてを物語っていた。 ■ なぜ“続いていた”のか 不思議なことに、その営業部長は長くその地位に居続けていた。 理由はシンプルだ。 「結果を出していたから」だ。 売上という絶対指標が、すべてを正当化する。 組織は、その“成功体験”を否定できない。 つまり、あの振る舞いは個人の問題ではなく、構造の問題だった。 ■ 自分も巻き込まれた瞬間 ある時、私はメインプロジェクトの合間に、その営業部長の案件支援に入ることになった。 土日に呼び出され、提案書作成。 本来は上司が受けた案件のヘルプだ。 幸い、上司の配慮で私は会議に出なくてよくなった。 だが、その代わりに上司が前面に立つ。 そして——また怒鳴られていた。 「守られている」という事実と、 「誰かが代わりに傷ついている」という現実。 そのギャップが、強烈に心に残った。 ■ 平成でも、パワハラは“現役”だった 平成という時代は、すでにコンプライアンスや働き方改革が語られ始めていた。 それでも、特定の現場では、こうしたパワハラが“普通に機能”していた。 むしろ、「あれくらいやらないと勝てない」という空気すら...

3か月で去ったプロジェクトが、なぜか一番忘れられない理由

うわっ、終わったはずのプロジェクトが、いまだに頭の中で続いている――。 ■プロジェクトは「長さ」で記憶に残るのか 社会人になってから、いくつものプロジェクトを回してきた。 短いものから長いものまで。 短くて2、3か月、長くて2年以上。 やはり記憶に残りやすいのは長いプロジェクトだ。 そりゃそうですよね。 時間をかけ、苦労し、乗り越えた分だけ、思い出は濃くなる。 しかし、例外もある。 短いのに、妙に強烈に残るプロジェクトがあるのだ。 ■3か月で終わった、終われなかったプロジェクト 今回のプロジェクトもそうだった。 わずか3か月で離れることになった案件。 正直、悔しかった。 「役に立ちませんでしたよ」と言われているような気がしたからだ。 もちろん、そんなことはない。 理由はシンプルで、部署間の取り決め。 最初から「いついつまで」という約束が決まっていた。 直前に一つのプロジェクトをやり遂げていた私は、 次も活躍できる自信があった。 だが現実は違った。 ■“関われるのに、踏み込めない”という制約 契約上、メインタスクには関われない。 意思決定にも深く入れない。 できることは、情報を伝えること。 補足説明をすること。 私は、できる範囲で動いた。 説明会の資料作成を手伝い、 何かあればアドバイスをする。 しかし、それ以上は踏み込めない。 目の前では、同期がメインでプロジェクトを回している。 明らかに忙しい。 助けたい。 でも、リードが取れない以上、 そのタスクをカバーすることはできなかった。 ■やり切れなかったという違和感 そして、3か月。 私はプロジェクトを離れた。 形式的には「完了」。 しかし、感覚としては「未完了」だった。 何か引っかかる終わり方。 やり切った感覚が、まったくない。 ■その後に知った“もしも”の連続 そのプロジェクトは、その後も何年か続いた。 そして、かなりドタバタしていたらしい。 作り直し。 方向転換。 混乱。 話を聞くたびに、こう思ってしまう。 あの時、もう少し踏み込んでいれば。 あの時、自分の手を動かしていれば。 何か変えられたのではないか。 もちろん、後からなら何とでも言える。 契約や役割の制約は現実だ。 それでも、この「心残り」は消えない。...

「AIよりも“聞く力”が大事?!」アイデアを伝えた瞬間に生まれる“ありがとう”の魔法

システム屋としての視点から見えた、新しい課題解決のカタチ。 「おお、それいいですね!」 ――最近、そんな言葉を聞く機会が増えた。 新規事業に関わるようになってから、いろんな人と話すようになった。業界も立場もバラバラ。けれど、話しているうちに自然とアイデアが生まれる瞬間がある。 「あ、こうしてみたら?」 「それ、RPAっすね。」 「そこは手運用しっかりしといたほうがいいですよ。」 そんな風に、会話の中で即興的に出てくる提案が、意外と喜ばれるのだ。 システムで何でも解決できる時代じゃない 正直、昔は“全部システムでなんとかなる”と思っていた。 でも今は違う。課題を前にしたとき、まず大切なのは“聞くこと”だ。 話を聞き、課題の範囲を聞き、今あるリソースを確認する。 そのうえで、「何が現実的にできるか」を一緒に考える。 AIやRPAを駆使することもあるけれど、必ずしもAIを使う必要はない。 むしろ、AIを下手に組み込むと、更新や仕様変更でシステム全体を作り直す羽目になる。 だからこそ、「できることを、できる範囲で」。 最適なバランスを見極めるのが、いまの時代の“システム屋”の役割だと思っている。 話していくうちに見えてくる「深い課題」 何度も会話を重ねていくと、表面的な課題の奥に“本当の問題”が見えてくることがある。 そこに気づいた瞬間、「こんなやり方もありますよ」と提案することが増えた。 すると、相手の表情がパッと明るくなる。 「ありがとう、助かりました!」 そんな一言が返ってくるたび、心の中でガッツポーズをしてしまう。 企業内での課題解決では、「ありがとう」は“仕事の延長”に過ぎなかった。 でも、今は違う。 役割もルールもない中での「ありがとう」は、純粋な感謝の言葉として胸に響く。 一歩ずつ、信じて進もう この経験を重ねながら、ふと思う。 「こんな感じでやっていけば、お金をいただけるようになるのかもしれない。」 人の課題を聞き、アイデアを出し、少しでも役に立てること。 それが、これからの仕事の形になる気がしている。 信じて、やってみよう。 今日もまた、新しい会話から何かが生まれるかもしれない。 そして最後に、自分に言い聞かせたい。 私ならできる!明日から踏み出す。