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「えっ!? プレゼンの練習って“独り”じゃ限界!?」——私がToastmastersで見つけた、挑戦の場

“話す力”は、学ぶより「練習」で磨かれる。人に見てもらう勇気が、自分を変えていく。 ■気づいた。「学ぶ」と「できる」は違う 「えっ!? プレゼンって、練習しないとダメなの!?」 最初にそう感じたのは、いくつかの講座を受け終わった後だった。構成や話し方のテクニックは学んだ。でも、実際に話すとなると、頭が真っ白になる。——そう、“学び”と“実践”の間には大きな壁があった。 アンケートでおこづかい稼ぎ     ■一人練習の限界 家の中でひとり、鏡を前に練習してみる。録画して見返すこともある。でも、どうしても本番とは違う。誰も見ていないから緊張感が足りず、逆に「人にどう見えるか」はまったく分からない。 プレゼンは“人に伝える”ことなのに、人がいない練習では限界がある。 そう気づいたとき、私は思った。「勉強は一人でできるけれど、“練習”は人に見てもらうものだ」と。 ■テーマを決めるのも、自分ひとりの壁 本番を想定して自分でテーマを決め、話してみる。でも、テーマ設定から自己分析まで全部自分ひとり。なかなか続かない。何より、誰かに評価されないと成長が分からない。 ——そんな悩みを抱えながら、私は検索しまくった。 ■高すぎる講座、続けにくい学び 見つかるのは高額な話し方講座やビジネスセミナーばかり。確かにプロから学べるが、費用は数万円。自己成長のためとはいえ、やっぱりコストは気になる。 「もっと実践的で、続けやすい場はないのか…?」そう思っていたときに出会ったのが、 Toastmasters だった。 ■Toastmastersとの出会い 半年で1万円ちょっと。月2回の練習会。 安いのに内容は本格的。テーマは「Pathways」と呼ばれる体系化されたカリキュラムに沿って進み、オンライン講座では“声の出し方”“目線”“表情”“姿勢”など、プレゼンに必要な要素を段階的に学べる。 練習会では、同じクラブの仲間がフィードバックをくれる。しかも、「良かった点3つ」と「改善点1つ」。 このバランスが絶妙だ。改善だけだと心が折れる。でも、良いところを認めてもらえるから、また挑戦したくなる。 ■仲間と共に成長する喜び 他の人の発表を見ていると、自分と同じように悩みながら成長している姿が見える。 みんな最初は緊張していた。でも、...

副業で個人事業!? 不安だらけの未来を変える、私の挑戦 ー  会社員×副業=生き残り戦略!子育て世代が選ぶ「もう一つの収入の柱」

驚きの気づきから始まる 「えっ!? 退職金って、幻想なの?」 そんな一言から私の不安は一気に現実味を帯びてきました。子供3人、住宅ローンは大きめ。投資もしてきたし、保険もある程度は準備した。けれども気づけば、投資は思った以上に大化けしないし、保険も「安心の一部」でしかない。そんな状況、きっと私だけじゃなく、同じように悩んでいる人が多いのではないでしょうか。 アンケートでおこづかい稼ぎ     不安を埋めるための「行動」 将来、年金に頼れないのは明らかです。退職金だって期待するだけ無駄かもしれない。そうなると、働けなくなった時にどうなるか?…不安しかありません。これまで「自分が働き続ければいい」と思っていましたが、体には限界があります。思うように動けなくなっても、家族を養わなければならない現実がある。 だからこそ、投資や保険に加えて「副業で個人事業を始める」という選択肢が浮かんできました。 個人事業、副業から試す 「アドバイザー業ってすぐにできるのかな?」 「コーチングって何?」 「エンジニア経験のある自分にもできるの?」 そんな疑問を一つ一つ調べながら、できれば試して小さく収益化してみる。社会課題解決型の事業?モノづくり?せどり?選択肢はいくつもあります。重要なのは、試しながら自分に合う形を探すこと。これこそが、会社員であるうちにできる「未来の自分を助ける投資」だと気づきました。 会社は辞めない。でも挑戦はする もちろん会社を辞める気はありません。給料とネームバリューは、家族にとって守るべき基盤だからです。大事なのは、「会社に残りながら副業で個人事業を育てる」というバランス。これなら挑戦できるし、失敗しても立ち直れる。 退職するまでに、ある程度の金額を副業で稼げるようになっていれば、それはもう大きな武器。家族の安心にもつながります。 結論:不安を希望に変える一歩 未来は誰にとっても不確実です。不安は尽きない。でも、不安をただ眺めるよりも、小さくても「副業で個人事業をやってみる」ことで、未来を変える可能性が生まれる。 「私ならできる!明日から踏み出す」 その一歩が、不安を希望に変えていくのだと思います。

さよなら、コンサル!──私が飛び込む次の世界

  衝撃のスタート 「えっ!? CRMをゼロから作るって本気ですか!?」──あの日、会議室でお客様の決断を聞いた瞬間、私の血が沸き立った。ヨーロッパ仕様をそのまま導入するか、日本独自に設計し直すか。お客様は迷わず「日本独自」を選んだ。つまり、一から要件定義をし、すべてを設計し直す大仕事。その瞬間から、コンサルとしての私の真価が問われるプロジェクトが始まった。 すべてをリードする日々 要件定義、アーキテクチャ設計、セキュリティ検討、アプリ選定、グローバルアプリとのアラインメント──。まるで大海原に一人で漕ぎ出すような感覚だった。Solution Architectureのリード、Data Integrationのリード、BIリード、何でもこなした。気づけば「何でも屋」のように、どの領域でも前線に立っていた。 夜明け前の会議ではアメリカのメンバーに要件を説明し、深夜にはスイスのチームと議論を交わす。昼間はインドの開発メンバーと連携し、データフローやオペレーションフローを整備。時差の壁を超え、世界中と対等に渡り合う日々。英語をフル活用しながら、まさに「日本にいながらグローバル」であることを体感した瞬間だった。 コードに向き合うコンサルタント コンサルといえば「提案」や「調整」のイメージが強い。しかし私は違った。コードを覗き込み、テストの方法を指導し、現場の課題をリアルタイムで解決していった。お客様にとっての信頼は、「口先」ではなく「実装」で勝ち取るものだと学んだ。 終わりと始まり:決断のとき プロジェクトの最後、リードを務めた海外メンバーが私に声をかけた。 「もしよかったら、うちに来ないか?」 胸が高鳴った。これまでコンサルとして走り続けてきた日々が、次の扉を開くチャンスを与えてくれるなんて。 悩んだ末、私は決断した。 「コンサルを離れる。」 そこに後悔はなかった。むしろ、新しい挑戦の始まりに心が震えていた。 アンケートでおこづかい稼ぎ     明日への一歩 これまで培った経験も、グローバルで戦った自信も、すべてが私を次のステージへ導いてくれる。そう確信している。 だからこそ、私は言いたい。 「私ならできる!明日から踏み出す。」

フルスタックのさらにその先へ!──“全部できる人”の時代は終わらない

驚きの始まり 「えっ!? フルスタックなんて言葉、昔はなかったんだよ!」 システム屋としてキャリアを歩み始めたころ、そんな概念すら存在していませんでした。当時は「SE」という大きな括りの中で、プログラマー、インフラ担当、ネットワーク担当と、まるで将棋の駒のように役割が分かれていたのです。 プロジェクトごとに変わる“席替え人生” 配属はプロジェクトごとに決まるのが常識。今回はプログラマー、次はサーバ担当、その次はテスト要員。そんなふうに、私はさまざまなチームを転々としてきました。大企業・日立にいたこともあり、扱う業務は幅広く、SEという肩書きは実に奥が深いものでした。 当時は、サーバ管理の達人、ネットワークの神様、DBの第一人者といった“その道のエース”が必ずいて、チームは彼らを中心に動いていました。そんな中で「いろんなことを少しずつ分かる人」が存在し、その人たちはいつの間にかPM(プロジェクトマネージャー)へと成長していったのです。 分業の進化、そして“フルスタック”の誕生 やがてPMという役割が「専門職」と認識されるようになりました。サーバ、ネットワーク、DB、それぞれの専門家を組み合わせることで、プロジェクトは格段に成功率を高めていったのです。 その一方で、「全部をある程度理解していて、どこでも戦える人」を人々は“フルスタック”と呼ぶようになりました。そう、分業化が進めば進むほど、逆に“横断的に全部見られる人材”の価値が上がっていったのです。 フルスタックのさらに上とは? では、フルスタックこそ最強なのでしょうか? いいえ、実はその上が存在します。PM?──いえ、それもまた違います。 フルスタックは「現場で戦えるオールラウンダー」ですが、さらに上には“ビジョンを描き、仲間を動かし、技術を超えて組織や社会を変えていく人”がいます。そうした存在こそ、真の意味での“次世代型エンジニア”なのではないでしょうか。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」     明日からの一歩 振り返れば、私自身も数え切れない担当替えや役割を経て、学びを積み重ねてきました。その経験こそが今の私を形作っています。 だからこそ、私は思います。 「フルスタックのその先」──そこにこそ、未来の可能性がある。 私ならできる!そして...