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コードより熱いのは、昼メシだった——江東区システム屋の“戦略ランチ論”

うわっ、キーボードよりも先に“箸”が動く職場って、どういうことだ!? ■ 社会人7年目、チームができた日 社会人7年目にもなると、気づけば後輩が増えていた。 そして、ある日を境に「同じチーム」として、彼らは“部下”になった。 最初は正直、どう関わればいいか分からなかった。 コードレビュー、進捗管理、障害対応——それだけでは足りない。 システム開発は個人戦ではなく、完全なチーム戦だ。 そこで自然と増えていったのが、「ランチ」と「飲み会」だった。 ■ 江東区という“選択肢の暴力” 勤務地は江東区。 ここがまた厄介で、周りに美味い店が多すぎる。 有名なラーメン店、コスパ抜群の中華、少し歩けばホテルランチ。 選択肢が多いというのは、意思決定力を試される環境でもある。 個人で行くメンバーは早々に席を立ち、迷いなく中華に走る。 一方で、チームで行くときは「どこにする?」から始まる小さな会議。 気づけば私は、その“場”をデザインする側になっていた。 ■ システム屋は、お昼にかける 普段はパソコンと会話する時間が圧倒的に長い職種。 無機質な画面と向き合い続けるからこそ、人との接点は貴重だ。 だから、システム屋は“お昼にかける”。 これは単なる食事ではない。 ・チームの空気を読む ・後輩の本音を引き出す ・他チームとの関係を作る すべてが、昼の1時間に凝縮されている。 ■ ランチは、最小単位の組織開発 私は意識的に、他チームともランチに行くようにした。 開発は横断的な連携がすべてだからだ。 節目のタイミングでは、少し背伸びしてホテルランチ。 普段はコスパ重視で中華。 天気が良い日は弁当を買って公園。 忙しいときは、おにぎりとラーメンで5分で済ませることもある。 一見バラバラだが、すべてに共通する目的がある。 それは「会話を生むこと」だ。 ■ 矛盾:ご飯にこだわらない職種の本音 システム屋はよく言う。 「別にご飯にこだわりないですよ」と。 でも、それは半分嘘だ。 本当は、味ではなく“誰と食べるか”にこだわっている。 ご飯そのものではなく、ご飯を媒介にしたコミュニケーションに価値を置いている。 つまり、我々は“食事を設計している”のだ。 ■ あの頃、一番うまかったもの 振り返ると、いろんな店に行った。 ...

サーバは机じゃない——“お茶事件”が暴いた開発現場の静かな崩壊

うわっ…サーバの上に湯気立つお茶が置かれている現場に、思考がフリーズした! ■社会人6年目、現場のリアル 社会人6年目、私はある開発プロジェクトにアサインされた。そこは、足の踏み場もないほどごちゃごちゃした開発ルームだった。1人あたりのスペースはわずか80cm。隣のキーボードの音が、そのまま自分の思考に割り込んでくる距離感だ。 ■消えていく会議室 本来議論のためにある会議室は、2つがテストルームに転用されていた。残るはたった1つ。結果、打ち合わせは空きスペースか、立ち話。意思決定の質は、確実に下がっていく。 ■食事すらままならない 食べる場所もない。気づけば、ラックマウントサーバが“机代わり”になっていた。熱を持つ機器の上に弁当。これは冗談ではなく、現実だ。しかも結構危険だ。 ■夜は長く、そして遅い 夜はみんな遅い。私のプロジェクトも例外ではない。他の同期からも同じような話を聞く。「どこも似たようなものだよ」と。つまり、これは個別最適ではなく、業界構造の問題だ。 ■衝撃の“お茶事件” そんな中、同期から衝撃的なニュースが入った。 「サーバにお茶こぼしたらしい」 笑えなかった。 きっと同じような環境だったのだろう。 むき出しのサーバ、置き場のない書類、狭すぎる机。 その中で、ほんの一瞬のミス。 ■紙一重のリスク 正直、こちらも紙一重だった。 すぐに「サーバの上に物を置かないように」と通知を出した。 しかし、置く場所がない。 だから机の上にサーバがあり、その上に書類が重なる。 そして、その上に…… ■改善できない構造 問題は分かっている。 でも、すぐには変えられない。 予算、スペース、納期、すべてが制約だ。 だから現場は“危険を内包したまま最適化”されていく。 ■これがシステム業界の現実 同情しかない。 うなづくしかない。 同じ構造の中に、自分もいるからだ。 この話は極端に聞こえるかもしれない。 だが、似たような環境は確実に存在する。 そして、その上に我々は“高品質なシステム”を求められている。 ■ビジネスとしての問い これは単なる美談でも、笑い話でもない。 「この環境で、本当に持続可能な価値提供ができるのか?」 CXOが向き合うべき問いはここにある。 DXとはツール導入ではない。 現場の“物...

サーバが机を奪った日——200人開発現場で起きた“ありえない最適化”

うわっ…サーバの上で弁当を広げている自分に気づいた瞬間、現実がバグった! ■開発現場は“戦場”だった 200人規模の開発プロジェクト。 だが、用意された開発スペースは明らかに足りていなかった。 席はぎゅうぎゅう。 自席で昼ご飯を食べようにも、キーボードの横に弁当を置くスペースすらない。 では、みんなで食べるか? …その選択肢も消えていた。     ■会議室が消えた世界 本来ならランチの拠点になるはずの会議室。 しかし、1部屋を残してすべてテスト環境に転用されていた。 テスト部屋で食べる? それも無理だ。 昼休みですらテストは止まらない。 交代で人が出入りし、静寂とは無縁。 「じゃあ、どこで食べる?」 誰も答えられなかった。 ■“サーバ=机”という禁断の発想 ふと周りを見ると、ラックマウントサーバが雑多に置かれている。 机の上に無造作に置かれたサーバ群。 「場所がなくて…」という言い訳とともに、 誰かがその上に資料を広げた。 そして気づけば—— サーバを囲んで会議が始まり、 そのまま弁当も広げられていた。 ■ありえないが、合理的だった 今振り返れば完全にアウトだ。 サーバはうるさい。 動き出せば熱い。 だが、不思議なことに“あまり動かない”。 だから、なんとかなってしまう。 開発プロジェクトのピーク。 人も設備も限界状態。 そんなとき、 サーバは「IT資産」から「物理資産」へと役割を変えた。 気づけば、最も大切なはずのサーバが、 ただのオブジェであり、テーブルになっていた。 ■現場が意思決定を超える瞬間 これは笑い話ではない。 むしろ、重要な示唆がある。 現場は、 ・スペースが足りない ・時間が足りない ・余裕がない この3つが揃った瞬間、 ルールも常識も超えて「最適化」を始める。 それがどれだけ“ありえない行動”でもだ。 ■DXの落とし穴 ここにDXの本質的な課題がある。 経営は「デジタル資産を大切に」と言う。 しかし現場は「今この瞬間を乗り切る」ことを優先する。 そのギャップが、 サーバを机に変える。 つまりDXとは、 システムの話ではなく、 “現場の制約設計”の話なのだ。 ■あなたの現場は大丈夫か? ・サーバが机になっていないか? ...

むき出しのサーバが語る「DXの嘘」——200人現場のリアル

うわっ…これで本当に最先端のシステムを作っているのか!? ■巨大プロジェクトの裏側で起きていたこと ■人・環境・システムは分断されている ■それでも価値は現場から生まれる 200人を超える大規模開発プロジェクトに入ったとき、最初に感じた違和感は、コードでも設計でもなかった。「空気」だった。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       開発チーム、サーバ管理チーム、運用チーム。役割は分かれている。だが、その分断は組織だけでなく、空間にも現れていた。 一人当たりの机の幅は80cm。資料とPCを置けば、もう余白はない。テスト部屋に至っては60cm。もはや“作業スペース”ではなく、“押し込められた空間”だ。 人の熱気でむんむんとしている。二酸化炭素濃度は高く、保健所から改善指示が入るレベル。実際に気分が悪くなるメンバーもいた。 その中で、デスクトップPCがびっしりと並び、ファンの音が絶えず鳴り響く。ウィーン…という低音が、空間全体を支配していた。 だが、その音の中に、明らかに異質な“うなり”があった。 ウ=ン… 昼間、人が増えるほど、その音は大きくなる。 視線を向けると、そこにあったのは、銀色に光る大きな板。デスクトップPCとは明らかに違う存在感。 それが、サーバだった。 開発環境を司る、最も重要な機械。ラックマウントサーバ。 だが、その扱いは——あまりにも雑だった。 専用ラックではなく、平積みで3台。しかも熱対策は、ただの扇風機。 本来、最も守られるべき中枢が、最も無防備な場所に置かれている。 これが、現場だった。 ■「DX」と言いながら見ていないもの 多くの企業がDXを語る。クラウド、AI、データドリブン。 だが、その土台となる現場はどうか。 人は過密、環境は劣悪、システムは不安定。 この状態で、「品質を上げろ」「スピードを出せ」と言うのは、構造的に無理がある。 それでも、現場は回る。 なぜか。 現場の人間が、無理をしているからだ。 ■本質はどこにあるのか むき出しのサーバは、単なる機械ではない。 それは、組織の優先順位を映す“鏡”だ。 ・本当に大事なものに投資しているか ・人と環境を軽視していないか ・仕組みで解決すべきものを、個人に押し付けていないか この問い...

酸素が足りない開発現場——200人が詰め込まれた「80cmの限界」が組織を壊す瞬間

うわっ…この空気、仕事じゃなくて“サバイバル”だろ!? ■80cmという見えない制約 200人の開発要員が、まるで鮨詰めのように並ぶオフィス。 一人に与えられた横幅は、わずか80cm。前後も極端に狭く、椅子を引くだけで誰かにぶつかる。 最初は「まあ、こういうものか」と誰もが思っていた。だが時間が経つにつれ、空気が変わっていく。 ■静かに増えていく“イライラ” 立ち上がるのも一苦労。 トイレに行くにも気を遣う。 小さなストレスが積み重なり、徐々に言葉が荒くなる。 気づけば、明らかにイライラしている人が増えていた。 それでも、開発は止まらない。 夜中まで続く作業。 チームによっては、全員が12時まで残る。 一方で、バラバラに帰るチームもある。 この違いが、さらに空気を歪ませる。 「あのチームは帰っているのに、なぜ自分たちは残るのか」 見えない不公平感が、現場をさらに疲弊させていく。 ■限界ギリギリの現場 この現場は、正直に言えば“過酷”だった。 全員がギリギリの状態で、なんとかコードを書いている。 集中力も、判断力も、確実に落ちている。 それでも止められない。 ここで止まれば、すべてが崩れる。 そんなときだった。 ■突然の「外部の目」 保健所の検査が入った。 結果は、想像以上にシンプルだった。 「二酸化炭素濃度が高い」 つまり、この空間は“人が詰め込まれすぎている”という事実。 上層部は大慌てだった。 即座に改善指示が出る。 ■止められない現場、変えなければならない現実 しかし、開発は止められない。 納期は迫っている。 顧客は待っている。 そこで取られたのは、苦肉の策だった。 まず、窓を開けた。 これまで閉め切っていた窓を。 そう、この現場は“外に漏らさないため”に密閉されていた。 だが、その前提を崩した。 さらに、空気清浄機を大量に購入し、あらゆる場所に配置した。 正直、それが二酸化炭素をどれだけ吸収するかは分からない。 それでも、「何もしない」という選択肢はなかった。 ■わずかな改善と、続く監視 結果として、窓を開けたことで多少の改善は見られた。 だが、状況は“要監視”。 根本解決には至っていない。 それでも、現場は回り続ける。 「あと少しでピークが過ぎる」 「もう止まれ...

80センチの戦場——200人プロジェクトが教えた「空間」と「成果」のリアル

うわっ…人の密度でシステムの温度が上がるなんて思わなかった! ■開発プロジェクトは“人が集まる生き物” 開発プロジェクトとは、単なる作業の集合体ではない。人が集まり、増え、そしてピークを迎える“生き物”だ。私が経験した200人を超えるプロジェクトも、最初から大規模だったわけではない。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       ■最初は静かに始まる 設計フェーズの最初は、わずか50人程度。要件定義の段階では、さらに少なかったはずだ。議論は深く、密度は高いが、物理的な空間にはまだ余裕がある。 しかし、設計が終わり、プログラミング開発、そしてテストへと進むにつれて状況は一変する。人は一気に増え、最も盛んな時期には200人を超える。 ■最大の問題は「人の置き場」 ここで必ず直面するのが、極めてシンプルでありながら深刻な問題だ。 ——この人たちは、どこで開発するのか? 1年の中でこれだけ柔軟に人員が変動する。それに対応できる場所など、最初から用意されているわけではない。場所は決まっている。増えたからといって、簡単に広げられるものではない。 近くの会議室を長期で借りる案も出た。しかし、それは数十人単位の話であり、1人単位で柔軟に増減できるものではない。 ■現場で起きた“強引な最適化” 結局、他のプロジェクトに我慢してもらい、同じ開発スペースに人を押し込む形になった。それでも限界はある。 では、どうするか。 削るしかない。 削る対象はただ一つ——1人あたりのスペースだ。 部長を含め、全員のデスク幅を極限まで詰めていく。当時はデスクトップPCが標準だったが、それを横に倒し、その上にディスプレイを置くことで横幅を圧縮した。 ■1人、何センチ必要か? その答えは、極めて現実的だった。 開発スペース:最大80センチ テストスペース:最大60センチ 実際に座ると、肘と肘が触れ合う。隣との距離はほぼゼロだ。これまで様々なプロジェクトを経験してきたが、あれほど狭い環境はなかった。 ■それでも人は増え続ける そんな極限の環境にもかかわらず、人はさらに増えていく。気づけば周囲は知らない人ばかりだ。プロジェクトの一体感というより、“流入する人波”に近い。 膝をすり合わせながら、コードを書く。テストをする。...

なぜシステムは「夜」に生まれるのか? ――プロジェクトローンチの裏側にある、静かな常識

うわっ、また夜中のローンチか! 昔のプロジェクトルームでは、そんな声が当たり前のように聞こえていた。 私の経験上、 システムのローンチは夜に行われることが多い 。 それも、かなりの確率で。 なぜか。 理由はとてもシンプルだ。 次の日から使えるようにするため だ。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       夜にローンチする理由 システムの変更は、できれば「区切りの良いタイミング」で行いたい。 たとえば、 ・夜中に切り替え ・翌日から新システム ・もしくは土日作業 ・月曜から新システム この形は、説明がとても楽だ。 「 月曜日からシステムが変わります 」 これだけで済む。 ユーザーにとっても分かりやすいし、 管理側も整理しやすい。 プロジェクトというのは、 技術よりも説明の方が難しいことが多い。 だからこそ、 区切りの良いローンチ が選ばれる。 金融システムはさらに特殊 特に顕著なのが 金融系システム だ。 金融の世界では、 平日の昼間はお金が動いている。 つまり、 平日昼間にシステムを止めるわけにはいかない。 その結果どうなるか。 作業は土日になる。 これが長年の常識だった。 さらに大きな変更になると、 GW(ゴールデンウィーク)作業 も珍しくない。 「GW中に変更作業を行い、 GW明けから新しいシステムになります」 金融プロジェクトでは、 この言葉を何度聞いたか分からない。 システム屋のGWは存在しない 私の若い頃、 システム屋にとってGWは特別な意味を持っていた。 休みではない。 むしろ 最大の作業タイミング だった。 システムローンチが控えている年は、 GWなんて存在しない。 プロジェクトルームに泊まり込み、 深夜の切り替えに備える。 そして夜中。 コマンドが打たれる。 ログが流れる。 沈黙。 「……よし、上がった」 その瞬間の空気は、 今でも忘れられない。 私は長い間、 システム屋ってそういうものだ と思っていた。 しかし時代は変わり始めた 最近、この常識は少しずつ変わってきている。 理由はいくつかある。 まず、 土日に人を集めるのが難しい。 働き方が変わったからだ。 さらに...

残業って“つけない美学”なの!?——20年悩み続けて辿り着いた、たった一つの答え

新人エンジニアの葛藤から学んだ「時間」と「仕事」の向き合い方 うわっ、今日も気づいたら深夜じゃないか——そんな日々が、社会人1年目からずっと続いていた。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       ■ 新人の頃から、ずっと心に引っかかっていた疑問 新人の時から、いくつかのプロジェクトを経るまで、いつも同じことで悩んでいた。 残業って、つけたらいいの? それとも、つけない方がいいの? 周りを見れば、黙ってサービス残業をしている先輩もいれば、きっちり入力する人もいる。正解が分からないまま、時間だけが過ぎていった。 ■ 正確に時間を測ること自体が、こんなに難しい 勤怠入力フォームには「休憩時間」と書いてある。でも、その時間、本当に休憩していたか? プログラムにハマると止まらない。昼ごはんも夜ごはんも、画面を見ながら食べていた。 定時です、と言われるとなぜか目が冴えて、そこから集中力が上がる始末だった。 ■ 通勤時間すら、もったいないと感じていた 会社は寮。電車で1時間もかからない。でも駅から遠く、歩いて15分。 その時間すら惜しくて、「もう少しコードを書けたのに」と思っていた。 大学時代も、時間なんて関係なく研究室に泊まっていた。その感覚が、抜けなかった。 ■ 効率が悪いのか、仕事量が多いのか 正直、定時内で終わらせられるほどの自信はなかった。 いつも自問していた。 この残業は、自分が遅いからなのか? 作業量が多いからなのか? バグの原因を見つけられない自分は、能力不足なんじゃないか——そんなふうに、自分を責め続けていた。 ■ プログラムは「書けた」では終わらない 「このプログラムを何日までに作りましょう」 期限はある。大体は書けた。知らないところは本を読み漁り、なんとか形にした。 でも、動くかどうかは実行してみないと分からない。 エラーが出たら、そこからが本番。時間なんて関係なく、バグ探しとの格闘が始まる。 ■ 自由でいたかった。でも、会社は大学じゃない 正直、時間のしばりが面倒だった。大学みたいに自由にやりたかった。 でも、会社で働くということは、そういうことじゃない。 限りある時間の中で、最良のパフォーマンスを出す。 それがプロの仕事だと、少しずつ理解していった。 ...

名前が削られていく!?——日立が世界を席巻した“効率化の正体”

呼び方ひとつに、巨大企業の知恵が詰まっていた うわっ、名前が短くなっていく会社があるなんて!? 初めて日立製作所の文化に触れたとき、正直そう思いました。 ■ 古い会社には、必ず「文化」がある どんなに古い会社でも、いや、 古い会社だからこそ 、必ず独自の文化があります。 日立は100年以上の歴史を持つ企業です。当然、数えきれないほどの文化が積み重なってきました。 その中の一つが、社内で有名な 「日立用語」 です。 ■ 拝承、~したく。そして“呼称”という文化 「拝承しました」「〜したく存じます」 こうした言葉遣いは、日立らしさの象徴として知られています。 でも、もっと面白いのは 人の呼び方 です。 日立では「山口さん」とは呼びません。 基本は、 (山口) 。 ■ 役職が上がると、名前が削られていく さらに不思議なのはここからです。 課長になると → (山口)k 部長になると → (山口)B さらに上に行くと → (ヤマグ) もっと上だと → (ヤマ) 最後は… → (ヤ) 「え、なんで名前が減っていくの?」 誰もが一度はそう思います。 ■ 実はこれ、工場発の“改革”だった この不思議な文化、実は 工場の業務改革 から生まれました。 日立では長らく、紙の 稟議書 で意思決定をしていました。 稟議書には〇が並び、その中に「名前」「役職」を手書きで書いて、上へ上へと回していきます。 当然、 上の人ほど名前を書く回数が多い 。 ■ 漢字を書く時間は、会社全体のムダだった もし役員に画数の多い漢字の人がいたらどうなるか。 その名前を書くたびに、社員全員の時間が削られていきます。 書き間違えれば、差し戻し。 漢字を間違えれば、また書き直し。 そこで考えられたのが、 名前はカタカナで短く 役職はアルファベットで一目で分かる という仕組みでした。 ■ 書く時間を減らし、役職検索も不要に カタカナで短い名前=偉い人。 アルファベット=役職。 これだけで、 「誰の承認か」「どのレベルか」を 考えずに分かる 。 つまりこれは、 文字の形そのものを使った業務効率化 だったのです。 ■ 手書き文化だからこそ生まれた知恵 これは、手書きの稟議書が前提だった...

ここ、就業時間じゃないの!?——フランスの“働き方の自由”に出会って気づいた大切なこと

オフィスより自分の成長。フランスで見つけた「自由に働く」という選択肢 「今って…就業時間ですよね?」衝撃のスタート 「 うそでしょ!? 今、就業時間ですよね!? 」 フランスの研究所に到着した初日、私の常識は一瞬で崩れ落ちた。周りの人は誰も慌てないし、上司さえバタバタしていない。 “働く=時間に縛られる” という日本的価値観が、そこでいきなり通用しなくなった。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       驚きのフランス流:自由で成果主義、でもギスギスしない フランスの働き方は、とにかく驚きだ。 ・自由に席を外せる ・課長も細かいことは何も言わない ・評価軸は「成果」ただひとつ しかもインターンが多い文化のため、 企業の利益より“自分の研究成果”が尊重される 。学生でありつつプロとして扱われ、個人の挑戦そのものを応援されているようだった。 語学が完璧じゃなくても、黙々と成果を出す仲間たち ロシアのインターンの仲間は、フランス語が得意ではなく、ほとんど無口だった。 しかし、研究となれば話は別。黙々と実験し、必要があれば先輩と議論する。 その姿を見て気づいた。 「語学より、自分の軸」 これさえあれば、研究は前に進む。 一方の私はというと、フランス語に苦戦していたが、上司が日本語を話せたおかげで、研究も報告も日本語でサポートしてくれた。 課長の“Mais Nooooon!”がくれた安心感 何より心に残っているのは、課長の存在だ。 困った顔で相談に行くと、両手を広げて 「Mais NoooooooN!」 と包み込みながら迎えてくれる。 インターン生を多く受け入れているからこそ、言語の壁にも寛容で、雰囲気はとても柔らかかった。 昼休みはしっかり1時間、時にはゴルフまで 昼休みはたっぷり時間を取り、会話を楽しむ文化。 上司の趣味がゴルフだったので、昼休みに打ちっぱなしに連れて行ってくれたこともあった。 「仕事の合間にゴルフ!?」という衝撃と同時に、 働くこと=人生を楽しむこと という価値観を感じた瞬間だった。 なぜ私は“オフィスにいることが正義”だと思い込んでいたのか 今思うと、後悔がひとつある。 もっと就業時間なんて気にせず、 ・工場見学に行きたい ・別部...

これが“働く”ってこと!?——フランス研究所で体験したゆるいのに効率的なワークスタイル

日本の常識が吹き飛んだ、フランス式「ゆるいのにプロ」な仕事の景色 ◆フランスに来て最初の衝撃:“働く”がこんなに違うなんて! 「えっ!? ここ、本当に仕事してるの!?」 そんな奇抜な第一印象から始まった、私のフランス研修ライフ。 学生としてフランスに留学し、Renault研究所で研修を受けることになった私は、自然と“日本的な働き方”をイメージしていました。 日本で正社員として働いた経験はないものの、アルバイトや現場の空気感から、「だいたいこんな感じだろう」と想像できる自信はありました。     ◆日本での働き方イメージ:淡々、黙々、そして17時退勤 朝9時頃に出社し、与えられたタスクを淡々とこなす。 17時になれば周りの様子を見ながら帰る。 その繰り返し——。 「まあ、フランスでもこんな感じなんだよね?」 そう思っていました。本気で。 ◆ところが…フランスでは“のんびりなのにプロフェッショナル” いざフランスの研究所に行くと、その想像は開始10分で崩れました。 まず、 みんながとにかくのんびり 。 研究所だから? いや、文化でした。 オフィスはアメリカンスタイルで、一人ひとり広めの席が割り当てられ、インターンだからと距離を置かれることもありません。 朝はメールチェックの前に、必ず全員に挨拶して回る。 「今日もあなたがここにいるね」という、温度のある挨拶です。 ◆毎朝の儀式「プチカフェ?」——30分〜1時間の社内カフェ会 9時過ぎ、課長がゆっくり出勤。 真ん中のテーブルに座ると、突然こう呼びかけます。 「アロー、プチカフェ?」 すると、自然に人が集まり始める。仕事が忙しい人以外は全員集合。 そこから始まるのはなんと 30分〜1時間の朝カフェタイム 。 私も毎日混ざり、チームに溶け込んでいきました。 ◆ゆったり1.5〜2時間のランチ。誰も急がない文化 昼は12時開始。 でも戻ってくるのは13時半〜14時。 みんな本当にゆっくり食事を楽しむ。 **「休憩は休憩。焦らない」**という姿勢が徹底していました。 ◆夕方17時過ぎには全員が帰る“仕組み”が存在する 研究所から帰る手段はバスか車のみ。 そして バスの最終は20時 。 残業なんてありえない。 20時に出なければ帰れない...

副業で個人事業!? 不安だらけの未来を変える、私の挑戦 ー  会社員×副業=生き残り戦略!子育て世代が選ぶ「もう一つの収入の柱」

驚きの気づきから始まる 「えっ!? 退職金って、幻想なの?」 そんな一言から私の不安は一気に現実味を帯びてきました。子供3人、住宅ローンは大きめ。投資もしてきたし、保険もある程度は準備した。けれども気づけば、投資は思った以上に大化けしないし、保険も「安心の一部」でしかない。そんな状況、きっと私だけじゃなく、同じように悩んでいる人が多いのではないでしょうか。 アンケートでおこづかい稼ぎ     不安を埋めるための「行動」 将来、年金に頼れないのは明らかです。退職金だって期待するだけ無駄かもしれない。そうなると、働けなくなった時にどうなるか?…不安しかありません。これまで「自分が働き続ければいい」と思っていましたが、体には限界があります。思うように動けなくなっても、家族を養わなければならない現実がある。 だからこそ、投資や保険に加えて「副業で個人事業を始める」という選択肢が浮かんできました。 個人事業、副業から試す 「アドバイザー業ってすぐにできるのかな?」 「コーチングって何?」 「エンジニア経験のある自分にもできるの?」 そんな疑問を一つ一つ調べながら、できれば試して小さく収益化してみる。社会課題解決型の事業?モノづくり?せどり?選択肢はいくつもあります。重要なのは、試しながら自分に合う形を探すこと。これこそが、会社員であるうちにできる「未来の自分を助ける投資」だと気づきました。 会社は辞めない。でも挑戦はする もちろん会社を辞める気はありません。給料とネームバリューは、家族にとって守るべき基盤だからです。大事なのは、「会社に残りながら副業で個人事業を育てる」というバランス。これなら挑戦できるし、失敗しても立ち直れる。 退職するまでに、ある程度の金額を副業で稼げるようになっていれば、それはもう大きな武器。家族の安心にもつながります。 結論:不安を希望に変える一歩 未来は誰にとっても不確実です。不安は尽きない。でも、不安をただ眺めるよりも、小さくても「副業で個人事業をやってみる」ことで、未来を変える可能性が生まれる。 「私ならできる!明日から踏み出す」 その一歩が、不安を希望に変えていくのだと思います。

3回目の転職で見つけた!僕だけの”譲れない条件”

「えっ!? そんな条件まで揃う会社があるの!?」 そう言われても仕方ないくらい、僕の3回目の転職、4社目への挑戦には数々の”譲れない条件”がありました。 僕が掲げた条件リスト 今回の転職で外せない条件は次の通りです。 年収が上がること 役職をもらえること 海外移住にチャレンジできること システム系であること、かつ挑戦できること 社内システムだけでなくIoTや新しい分野に関われること 副業を認めてもらえること 事業分野は問わないが、海外との連携があること かなり欲張りに見えるかもしれません。でも「これからの自分」を本気で描いたとき、自然とこの条件が浮かびました。 書類と面接のプロセス 実際に動いてみると、10社以上から書類を送っていただき、そのうち5社ほどと面接をしました。オンライン面接やオフサイト面接を通じて感じたのは、どの会社も本気で人材を探しているということ。 意外にも「海外本社と連携して日本をリードして欲しい」というオファーが多く、年収アップの話も複数社から出ました。正直、これまで社内システムばかりだった僕にとって、IoTや海外展開といった言葉は大きな挑戦に思えましたが、不思議とワクワクが勝っていました。 最後の決断 最終的に選んだのは、年収が一番高い会社ではありませんでした。決め手になったのは「副業支援」です。 この会社は、過去の転職で僕を支えてくれたスペイン人CIOが在籍している企業。偶然ではなく、条件を提示し、彼とも交渉した結果、理想の環境を引き寄せることができました。 僕にとって「副業を許される」というのは、自由な発想と未来の成長を保証してくれる大きな後押しでした。そして結果的に、家族も納得のうえでの転職となりました。     結論 転職は条件を明確にすればするほど、実現の可能性が高まります。今回の経験で学んだのは「欲張りでいい、自分の未来を具体的に描けば、その条件に合う会社は必ず現れる」ということです。 僕はこうして理想の条件を手に入れました。そして今、新しい舞台に立っています。 「明日からの一歩、私ならできる!」

システムだって休みたい!?──「休息設計」のすすめ

24時間365日、止まらない幻想が生む“ぷすんぷすん”の危機 驚きの出発点 「えっ!?システムに休みなんているの?」 そう思ったあなた、ちょっと立ち止まって考えてみてください。 多くの人がこう考えます。 ――システムだから24時間365日動いていいんでしょ?問題ないんでしょ? でも実際は、そんな安易な発想で作られたシステムが世の中には山ほどあるのです。 システムが休むときとは? システム設計で重要なことのひとつに、「休む時間を考えてあげる」ことがあります。 「働き続けるわけです。休みなく」。 するとどうなるか? どこかで必ず限界がやってきます。 ある日突然、煙を出して「ぷすんぷすん……」と止まってしまう。 ――まあ、それは冗談ですが(笑)。 本当の問題は、 アップデートやチェック、クールダウンをするタイミングがなくなる ことです。 動きっぱなしのシステムには、これらを行う余白がありません。 そして「止められないから」という理由で後回しにした結果、ある日突然大きなトラブルに直面するのです。 バスのドライバーに学べ 今はシステムを二重化して、交代させながら運用するという考え方も広がっています。 ですが、交代するなら交代できるように設計をしておかなくてはなりません。 ほら、バスのドライバーだって走行中にいきなり別の人に変わったりしませんよね? 必ず車庫に戻って、引き継ぎをして、安全に交代します。 システム間でも、同じように“スムーズな交代”ができる仕組みを作る必要があるのです。 「勝手に動かしておけばいい」の末路 「システムは勝手に動かしておけばいい」――そんな設計思想で痛い目を見ている企業は少なくありません。 実際に私も数多くの現場を見てきましたが、ほとんどの場合「休息設計」を意識していないことが原因でした。 人間だって働き続ければ倒れるように、システムにも休息が必要なのです。 みんなにやさしい設計を システムにも休息を! それは単にメンテナンスの都合ではなく、利用する人、運用する人、そして未来の利用者すべてにやさしい設計へとつながります。 「システム=常に動くもの」という固定観念を一度壊し、どうすれば健全に長く働けるのかを考えること。 それこそがこれからの時代に求められるエンジニアの姿勢だと思いま...

「システムが変える未来」──AIと人が織りなす次の時代へ

時代は繰り返す。システムは人の仕事を奪うのではなく、新しい未来を切り拓く力だ。 驚愕の瞬間 「うわっ、もうAIがここまでやるの!?」 最近、そんな声を耳にすることが増えました。AIが文章を書き、画像を生成し、さらには人間の判断までも肩代わりする。ニュースを見れば「AIで職がなくなる」と不安を煽る記事が並びます。けれど私は思うのです── これは本当に初めてのことだろうか? 時代は繰り返す 振り返れば、過去にも同じような騒動がありました。 それは50年前、パソコンやコンピューターが企業に導入され始めた頃。 当時、多くの人が「仕事が奪われる」と不安を抱きました。特に金融業界は大きな変革の波に飲み込まれました。証券業界では、東京証券取引所が「システム導入が遅い」と世界から叩かれた時期もありました。銀行でも大規模なシステム改修が進み、同時に統廃合の波が押し寄せました。 しかし、その裏側で膨大なシステム開発の需要が生まれ、何千人ものシステムエンジニアが夜を徹して働きました。そう、ITバブルという新しい産業のうねりが起こったのです。 変化が生んだもの 確かに、コンピューターの導入によって多くの仕事が姿を消しました。街を歩けば、閉店した店舗が並び、閑古鳥が鳴いていた時代もありました。 けれど、その後どうなったでしょう? 都市は再開発され、新しい街が立ち上がり、人々は新しい仕事やサービスを生み出しました。職を失った人がいた一方で、新しいチャンスを掴んだ人も数多くいました。 時代は変わったけれど、人はその度に適応し、未来をつくってきた のです。 AIは脅威か、それとも希望か? では今のAIはどうでしょう? 確かに、そのインパクトはコンピューター導入以上かもしれません。AIが一瞬で計算を終わらせ、調べ物をこなし、コミュニケーションまでも助ける。 でも私は、ワクワクしています。 だって、あの時も「不安」が「新しい可能性」に変わったから。今回もきっと同じです。いや、それ以上の未来が待っているはずです。     明日への一歩 システムに求めることは、単なる効率化ではなく 人の可能性を広げること 。 だから未来を変えるのはAIやシステムそのものではなく、 私たち一人ひとりの思いと行動 です。 小さな一歩でもいい。 「私ならで...

🚀「システムよ、君はどこまで行ける?」──未来を動かす“思い”の力

システムは単なる効率化の道具じゃない。人の手を解放し、利益を生み、未来をつくるパートナーだ。 えっ!?まだ人がやるの? 「うわっ、これってシステムでできないの!?」 ある会議で、誰かが思わず声を上げた瞬間、場の空気がざわつきました。 AIが文章を生成し、ロボットが自動運転する時代に、なぜか人が何十枚もの書類を転記している…。そんな光景に、私も強く考えさせられました。 システムに求めることは何か? 私たちがシステムに望むものは、ただ“楽をしたい”という願いではありません。 手作業を代わりにやってくれること 無駄な作業を取り除いてくれること 利益を生み出すサービスになってくれること お客様とのコミュニケーションを円滑にしてくれること 高度な計算を瞬時にやってくれること 膨大な調べ物を高速でこなしてくれること さらには、移動さえも助けてくれること つまり、システムは「私たちが本当にやるべきこと」に集中させてくれる存在なのです。 可能性は“思い”次第 システムは考え方次第で、ほとんど無限の可能性を持っています。 でも、その可能性をどう使うかは「作る人の思い次第」。 何を実現したいのか? どんな世界にしていきたいのか? この問いを避けては、どんなシステムも意味を持ちません。便利さの先にある“未来の姿”を思い描くことこそが、設計図の第一歩です。 未来を描くのは、私たち一人ひとり システムを使う人も、作る人も、1つひとつ議論を積み重ねながら形をつくっていきます。 「どうすれば現場が楽になるか?」 「お客様にもっと喜んでもらうには?」 「社会にどんな価値を届けたいか?」 その問いに向き合い、協力して進んでいくことで、明るい未来は実現していきます。 未来を強く思い描き、手を動かし続ける限り、システムは必ず人の力を何倍にもしてくれるのです。     明日への一歩 システムに求めることは、単なる効率化ではなく「人の可能性を広げること」。 だからこそ、未来をつくるのは、システムではなく 私たち1人ひとりの思い です。 明日からの一歩は小さくてもいい。 「私ならできる!」そう思って、まずは踏み出すこと。 それが、新しいシステムと未来を動かす最初の火種にな...