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グローバルプロジェクト成功!その後、私は消えた?【後編】

華々しい成功の裏で起こった「見えない失脚」 プロジェクトロスを超えて、自分の次の一歩を考える物語 🎉社内のヒーローになった、はずだった AWS移行プロジェクトを見事成功させた私は、社内でもちょっとした有名人になった。 「お疲れさま!」「すごかったね!」そんな言葉が飛び交い、グローバルのメンバーからもLinkedInで祝福メッセージが次々届いた。 でも……ふと気づいた。 昇進の話も、昇給の話も、来ない。 拍手だけが鳴り響き、報酬はどこにもなかった。 🤖プロジェクト完遂=居場所喪失? さらに驚いたのは、私が所属していたチームに 新しい人が入っていたこと。 プロジェクトに集中するために離れていた間、私の役割を補うために人が採用されていたのだ。 プロジェクトが終わり、「戻ってきました!」と笑顔で帰るも、そこにはもう “私の席”はなかった。 🌀自分のミッションが、他人のものに 新しく入った人がチームのミッションを担当し、私はトラブル対応係に。 名ばかりのグローバル担当、なんとなく残された「AWSの人」―― 確かにプロジェクトは成功した。だけど、そのあとがなかった。 会社内で、私の頑張りを 評価できる人がいなかった 。 📉プロジェクトロス、その正体は プロジェクトロスという言葉がある。だが、私が感じたのはそれ以上だった。 「自分の努力が報われない」という、静かにじわじわと効いてくる喪失感。 そして、「今、私は何のために働いているのか?」という問い。 🧭立ち位置を見失わないことの大切さ 今振り返って思う。 プロジェクト中に、自分の“次の立ち位置”を見つけておくべきだった、と。 華々しいプロジェクトの裏側で、自分自身の居場所を築くことを怠っていたのかもしれない。 グローバル企業においては、プロジェクトが終わったあとこそが、本当の“サバイバル”の始まりだ。 🚪最後に選んだ「次の一歩」 結局、私はその企業を離れた。 誇りと実績を胸に、次のステージへ進むために。 でも後悔はしていない。 あの経験は、今でも自分の武器になっているし、グローバルと日本をつなぐ意味も深く理解できた。     ✨明日からの一歩は、今ここから グローバルプロジェクトは面白い、難しい、でも本当に挑戦しがいがある。 ...

グローバルプロジェクト成功!その後、私は消えた?

グローバル企業で成功したはずのプロジェクト、その裏側にある“意外な現実”とは 💥プロジェクト成功のはずが、まさかの事態!? うそでしょ!?プロジェクト大成功したのに、私の居場所がなくなった――! グローバル企業に勤めて数年。いくつかのプロジェクトを経験してきたが、中でも強烈に記憶に残っているのが「グローバルAWS移行プロジェクト」だ。 🌐グローバル vs 日本の構図 もともと日本発祥の企業でありながら、今ではグローバルに展開するこの会社では、よくある構図がある。 それは、 「グローバルで決まったことを、日本がどう飲み込むか」 という構図だ。 海外のリーダーたちが計画し、日本側を説得して実行に移す。だが実際のところ、グローバルの意思決定は遅く、何をしているのか分からない。連絡もなかなか来ない。 AWSへの移行案も、立ち消えたと誰もが思っていた。 🧨いきなり始まった!?秘密裏のプロジェクト ところが、ある日突然、動き出した。 実はアメリカで密かに準備が進められており、ベンダーもすでに決定済み。 日本に対しては「この流れに乗ってください」とだけ言われた。 当然、誰も賛同しない。誰も助けてくれない。 まず私が取り組んだのは、日本社内での説得。 何ヶ月もかけて、影響範囲の説明、責任分担、スケジュールの共有など、根回しと合意形成に奔走した。 🇯🇵日本だけ後発、リソース確保に苦戦 ようやく日本社内の了承を取り付け、プロジェクトが本格始動。 すでに他国では一部移行が完了していたため、日本は完全なる後発。 その結果、リソースの確保は難しく、発言権も弱い。 「最初に手を挙げた国の意見が通りやすい」――これは、グローバルあるあるだ。 ⚙技術者、調整役、通訳まで、すべて私 技術支援、トラブル対応、PM、通訳役までこなす毎日。 グローバル側が出してくる資料や仕様は、日本の現場では通用しないものばかり。 そのギャップを埋めるために、朝も夜も働きづめだった。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」     ⏳奇跡のオンタイム完了、でも… 遅れるのが当たり前なグローバルプロジェクトの中で、私は何とかスケジュールを調整し、日本だけは ほぼオンタイムで完了 させた。 その瞬間、自分でも「やり切った」...