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えっ、同じ地球なのにここまで違う? ―文化がつなぐグローバルチームの作り方

リーダーシップに国境はない?違いの中に見つけたヒントとは 「わあ…なんでこんなに、みんなスマートなの⁉」 これは、私が初めてグローバルなチームの会議に出たときの率直な感想です。 言葉だけでなく、立ち居振る舞い、場の読み方、ユーモアの入れ方まで、国際舞台のビジネスマナーがにじみ出ていて圧倒されました。 グローバル企業に勤めて数年、いろんな国籍の同僚と仕事をするなかで、ふと気づくことがあります。 それは――**日本人リーダー、少なくない?**ということ。 もちろん能力がないわけではない。むしろ、技術力や勤勉さ、プロ意識は抜群です。 でも、なぜかグローバルの“前線”に立っているのは、アメリカ、ヨーロッパ、インドなど他国の同僚が多い印象です。 「この人、どこの出身なんだろう?」の正体 面白いのは、彼らの出身国を正確に把握できていないことが多いということ。 なぜなら、育った場所や文化背景が複雑な人が多いんです。 「生まれは〇〇、育ちは××、学生時代は△△、今は□□に住んでる」なんてのはよくある話。 でも、そうした多国籍・多文化のシャワーを浴びてきたからこそ、“違い”に敏感でありながら、“共通点”を見つけるのが上手いんです。 違いを超えるリーダーシップ たとえば、飲み会で出てきたちょっとクセのある料理に対しても、彼らは決して嫌な顔をしない。 宗教的な理由で食べられない食材がある人も、さりげなくメニューを調整して場を壊さないようにする。 気候やトイレ、交通の不便さ、どれも文句ひとつ言わずに対応してしまう。 そう、 文化の違いを前面に出さず、でも決して無視せず、静かに尊重する ――これが彼らの強さなんです。 文化に「依らない」軸を持つ 多国籍メンバーを率いるリーダーたちは、文化に過度に頼らず、 文化に依存しない共通のゴール を持っています。 「みんな違って、だから面白い。でも、目的は一緒」 その軸があるから、会話が曖昧にならず、行動がブレず、信頼されるのだと思います。 特に、アメリカやヨーロッパ出身のリーダーは、州や国の違いを乗り越える経験が多いようです。 でも、アジアだって同じはず。たくさんの国や文化に囲まれていて、私たち日本人も十分“異文化耐性”を育てられるはずなんです。 私たちだってできる。 言葉や文化が違っても、人の気持ちを...

えっ、日本人って日本人にだけ厳しいの!? グローバル企業で見えた、日本人の“言葉の使い分け”と無意識のバイアス

  言葉が変わると、人も変わる? 「うわっ、同じ人とは思えない!」 グローバル企業に入って数年、ふとした瞬間に感じたのは、 同じ人が話す言語によってまるで“人格”が変わる ということだった。 同じ会議で、日本語で発言しているときは、どこか冷たく、きつめな言葉を選びがちなある日本人マネージャー。ところが、その人が英語を話し出すと、表情は柔らかく、丁寧な言い回しに変わる。不思議だ。 ■ 通訳の人が“空気清浄機”に見える瞬間 たとえば、僕のチームに対して責任を問うような局面があるとする。日本語では「それは貴社の責任ですよね」と、刺すように言われるのに、英語になると「It would be better if your team could support that」となる。語尾も表情も全然違う。 通訳の方が板挟みになる場面もよくある。日本語でピリついた空気のなか、英語に訳すときは少し柔らかく。まるで空気清浄機のような働きをしてくれている。 ■ なら、日本人にも優しくしてよ でも、 だったら、日本人にも優しくしてよ! 外国語ができるだけでバイアスが働く。例えば、日本語を話せる外国人に対しては「すごいですね、日本語も勉強されて」と感心される。でも、それって冷静に考えると、仕事の成果とは直接関係がないことも多い。 アンケートでおこづかい稼ぎ     ■ 外国人上司の意外なアドバイス 外国人上司からは、こんなフィードバックをもらったこともある。 「君は、外国人にも日本人にも態度を変えない。とても良いね。でも、日本人にはもう少し“人を見て態度を変えてもいい”かもしれない」 それってどういう意味?と最初は戸惑ったけれど、確かに、日本人には“外国人バイアス”がかからないから、意見が通りにくくなるのだ。 ✅ 次回(後編)では、「日本語」という言語が生む厳しさの正体と、無意識の比較文化バイアスについて、さらに深掘りしていきます。