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システム屋が挑んだ投資の迷宮 ―10年後にたどり着いた答え

「えっ!? あれだけ資格を取ったのに、結局マイナスだったの!?」 そんな驚きから、私の投資ストーリーは始まります。システム屋として数字やロジックには自信があった私。しかし、最初に手を出した投資信託は、見事にマイナスで終わりました。 信託ではなく、自分で動かす投資へ 「誰かが運用している信託モノではなく、自分でやれば結果は変わるはずだ」。そう信じて次に選んだのは株、さらにFX、そしてビットコイン。システム開発で培った分析力を駆使すれば、きっとプラスにできる――そう考えていました。 FXでつかんだ一瞬の栄光 特に長く取り組んだのはFX。最初の頃は大きくプラスになり、まるで「仕込めば少しずつ儲かる」魔法のように思えました。調子に乗り、さらに追加資金を投入。しかし、相場は甘くありません。気づけば資金は減り、「こつこつどかん」という金融用語を体で学ぶことに。少しずつ稼いでは、一気に吹き飛ばす。その繰り返しが2年続きました。 みんな同じ道を歩く 振り返れば、これは決して私だけの経験ではありません。多くの人が通る道。大きく儲けず、小さく積み上げ、そしてある日ドカンと失う。人間の欲と相場の仕組みが見事にかみ合ってしまうのです。 手放す決断 結局、株もFXもビットコインも、今は一切持っていません。繰り返すマイナスに区切りをつけ、「もう、手を出さない」と心に誓いました。システム屋としての論理や仮説は大事ですが、投資の世界では必ずしも通用しない。それを痛感しました。 次の一歩はどこに? では、私にとっての投資とは何なのか。結論から言えば、「自分の経験・スキル・行動」に投資することこそ、最もリターンが大きいという答えにたどり着きました。金融商品に振り回されるのではなく、自分の価値を高める方がはるかに確実。 アンケートでおこづかい稼ぎ     終わりに システム屋が挑んだ投資の迷宮。その果てに気づいたのは、最も確実な投資先は「自分」だったということです。失敗を重ねたからこそ、この答えに出会えたのだと思います。 明日からの一歩、私ならできる!

MBAに投資すべき?私が家族とキャリアで出した答え

衝撃の一言から始まった迷い 「えっ、子供3人の教育を犠牲にしてまでMBAに行くの!?」──最初にそう思った瞬間、私は自分のキャリアと家族の天秤を感じていました。MBAは、キャリアの選択肢として誰もが一度は考えるもの。しかし、現実問題として費用は決して小さくありません。 中小企業診断士での経験 私は時間をかけて中小企業診断士を取得しました。資格そのものはやりがいがありましたが、独立して元が取れるほど活用することは難しく、少し物足りなさを感じていました。資格は知識の証明であって、必ずしも収入やキャリアを飛躍させるものではない──そんな現実を目の当たりにしたのです。 転職市場で見たMBAの実力 転職の際、MBA保持者として入社する人も何人か見かけました。「やっぱりMBAは転職に強いのか?」と思いました。しかし、人によって結果はまちまちで、結局はスキルと経験、そして運も絡むことを痛感しました。MBAに過度な期待をかける時代ではない、というのが正直な印象です。 Executive MBAへの挑戦 さらに高度人材向けのExecutive MBAプログラムも存在します。情報が限られているため、私はあらゆる説明会に足を運び、英語力もブラッシュアップしながら検討を重ねました。ちょっと信用できそうなコンサルにお金を払ってみたこともあります。しかし、支払いを済ませた瞬間から対応が雑になり、信頼感は揺らぎました。 メンターとの出会い そんな中、Googleで働くMIT出身のMBA保持者がメンターとして付くことになりました。「GAFAだから…」とワクワクしましたが、冷静に考えると疑問も湧きました。Googleは検索とマーケティングに強みのある会社、Takedaは製薬企業。MBA取得に数千万円を投じ、家族の教育を犠牲にしても、本当に意味があるのか? MBA取得のリスクと悩み さらに悩まされたのは、将来の確約が何もないことです。MBAを取得して年収が本当に何倍になるのか? 次の企業が理想通りなのか? 投資に見合う結果が得られる保証はありません。詐欺まがいの話にも遭遇し、心は揺れ続けました。 最終的な選択 最終的に私は家族を選びました。選択肢は無限にあるものの、自分がこれまでシステム屋として培ってきた経験とスキルを信じることが最も価値のある投資だと判断したので...

えっ!? 事業会社の一担当なのにAWS登壇!? ──システム屋として夢をかなえた瞬間

驚きのキャリア転機 「まさか、私がAWSで登壇する日が来るなんて!」 事業会社に転職して数年。システム屋として過ごす中で、ひとつの夢がかなった瞬間でした。 AWSといえば、システム屋にとっての“憧れの舞台”。 圧倒的な技術力を誇るチームの中で、自分の事例を語れる日が来るとは、正直思ってもいませんでした。 登壇の法則 実は、システムの登壇には「ある一定の法則」があります。 ベンダーで登壇するなら、サービスやプロダクトのリードをしていること、あるいはCXOなど上位の地位に就いていることが条件。つまり社内競争に勝ち抜くか、かなりの幸運が必要です。 コンサルも基本的には同じで、登壇機会は限られています。 一方、事業会社は違います。 たとえ一担当でも、プロジェクトをリードして成果を出せば、ベンダー側の事例紹介として取り上げられやすい。 そして一度取り上げられれば、イベントでベンダーが発表するときに呼ばれる機会が増えるのです。 成功事例がチケットになる 私はTAKEDAで、日本の全システムをAWSに移行するプロジェクトをリードしました。 もちろん「成功」の定義には議論の余地があります。しんどかった人もいます。 でも、期限内に全移行をやり切ったのは事実。 その成果がAWSに評価され、なんと2年連続で登壇するチャンスをいただきました。 コロナ禍でのオンライン開催でしたが、全国のシステム屋仲間に発信できたことは、かけがえのない経験です。 近道はどこにある? システム関係で登壇を狙うなら、答えはシンプルです。 👉 事業会社でベンダーと一緒にプロジェクトを成功させる。 これが最短ルート。 もちろん、ベンダーのマーケ部門に行くという手もあります。 ただしその場合、システム屋というよりはマーケ屋のキャリアになるので注意が必要です。 アンケートでおこづかい稼ぎ     次の一歩へ AWS登壇はゴールではありません。 経験を積み重ね、また次の挑戦につなげることこそが大切です。 私は信じています。 どんな環境にいても、正しい舞台を選び、自分の力を発揮すれば夢はかなう。 だからこそ、最後にこう言いたい。 「私ならできる!明日から踏み出す」

システム屋なのに年収が半分!?──事業会社転職で気を付けるべきこと

システム屋の地位の低さ、その歴史と現在、そして未来へ進むために考えること。 転職活動での衝撃 「うわっ!? 同じ仕事なのに、日本採用とアジア採用で年収が倍も違うの!?」──私が事業会社の求人票を見ていて驚いた瞬間です。 事業会社に転職する時、まず意識すべきことがあります。それは「システム屋の位置づけがまだまだ低い」という歴史的な背景です。2000年前後にシステム部門が大規模に整備されても、結局は“事業のサポート役”と見られ続けてきた。金融業界のように、システムが会社の命運を左右することが明らかになっているケースもありますが、その他多くの業種では、依然としてその認識が薄いのです。 事業会社に転職するときに大事なこと では、そんな状況の中で事業会社へ転職する時、何に気を付けるべきなのでしょうか? まず一番大切なのは、「自分のやりたいこと、行きたい方向をクリアにすること」です。システム屋としてのキャリアをどう描きたいのか。開発を突き詰めたいのか、統括的に戦略を立てたいのか。それを自分の中で固めておかないと、入社後に大きく苦労します。 そして同じくらい大事なのが、「転職先の企業のシステム屋の位置づけをよく知ること」です。システムの価値を理解していない会社に入ると、どれだけ頑張っても評価は上がらず、結局は疲弊してしまうのです。 日本とアジアで違う“システム屋の価値” 実際、私が今いる会社も、日本国内ではシステム屋の地位は低めですが、アジア全体で見ると非常に高く評価されています。おかしなことに、日本では“システムだから…”と軽く扱われる一方、アジア採用では同じ職務で年収が大きく上がる。私はアジア採用で日本にいるのですが、同僚の日本採用組と比べて年収差に驚かされる場面は少なくありません。 さらに驚いたのは、有名な日本の大企業の求人票でした。海外支店を束ね、グローバルでシステムを統一していく重要なポジションにも関わらず、提示される年収は日本企業の平均年収の少し上程度。人事担当者に理由を尋ねると、「システムなので、この辺りで…」という返答。思わず耳を疑いました。 外資との比較で見える真実 これが同じ規模の外資系企業であれば、年収は倍以上。そりゃ優秀な人材は外に流れてしまうわけです。 結局のところ、「システムだから…」と軽視している時点で、システム統一...

「えっ!? 日本企業なのにここまでグローバル!?」──事業会社システム部門で見つけた驚きの舞台裏

最初の衝撃 「うわっ、ここって日本企業だよね!?」──事業会社に入って、最初に驚いたことのひとつ。それは、想像以上に“グローバル環境”が整っていたことでした。オフィスの中に海外拠点の空気を感じるなんて、転職前には全く予想していなかったのです。 システム屋こそグローバル最前線 特に驚いたのは、 システム部門が徹底的にグローバル化されている という現実。大企業のITインフラや運用管理は、もはや国内だけで完結するものではありません。価格の安さや、時差を利用した夜間サポートのしやすさから、インド、中国、ベトナムのエンジニアが運用を担うケースが増えています。 インドのエンジニアは特に特徴的で、自信満々に回答してくるのが印象的。正解かどうかは一瞬「あれ?」と思うこともありますが(笑)、その堂々とした姿勢は議論を前に進める力になっています。そして驚くのは、 1人で運用を回してしまうケースが多い こと。だからこそコストも下がり、日本企業は自然と依頼先を海外にシフトさせていくのです。 日本ベンダーの存在感が薄れる瞬間 一方で、日本の運用は「会社としての責任」をより重視します。その分コストは高くなるため、結果的に大企業のシステムは、安く・柔軟に対応してくれる海外企業に任される流れが加速。さらに開発業務も、運用を担う同じ海外ベンダーに任せるのが自然な形となります。 この流れが進むと、やがて「グローバル統一」を意識する段階へ。すると「日本だけをサポートします」というベンダーは、むしろデメリットになり、参入の余地がほとんどなくなっていきます。結果、日本のベンダーが存在感を失い、 グローバル環境こそが事業会社のシステム部門の当たり前 になるのです。 面白いチャレンジ環境 この現実を前に、最初は正直「大変そうだな」と感じました。しかし考え方を変えれば、これはシステム屋にとって最高のチャレンジ環境です。国を超えたエンジニアと連携し、多様な働き方や考え方に触れながら、自分のスキルを磨けるのです。 しかも、その流れはもう止まりません。だからこそ今のうちに飛び込み、自分を試す価値がある。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       結論:私ならできる! 「グローバルは遠い世界の話」──そう思っていた過去の自分に教えてあげたい。...

システム屋+英語=年収倍増!? 驚きのキャリアブレイクスルー

「すごい人」を見てきたけど… 「えっ!? なんでこの人がこんなに安い給料なんだ!?」──システム屋として働く中で、私は何度もそう感じてきました。 私はプログラマーから始まり、フルスタックの一歩手前まで。PMやEnterprise Architect、DX Leadも経験し、いわゆる“なんでも屋”のキャリアを歩んできました。周囲には、各Roleで突出したプロもたくさんいました。圧倒的なインフラ屋、チームを率いるすごいPM、組織を動かすリーダー…。 でも、その人たちが必ずしも報われていない現実を、何度も目の当たりにしました。 年収を分けた「たった1つの差」 では、彼らと私を分けたものは何か。 それは「英語」でした。 正直に言うと、私は“超テクニカル”ではありません。それでも英語を話せるだけで、年収は倍増しました。もちろん英語だけではありませんが、英語を使えることで得られる機会は爆発的に増え、転職における交渉力も格段に上がったのです。 そして思ったのです。 「この人、英語が話せるだけで給料倍になるのにな…」と。 英語は難しい?──いや、むしろ日本語より簡単! 英語は日本語に比べて何倍もシンプルな言語です。私たちは義務教育で基礎は学んでいます。あとは“しゃべる勇気”さえあれば、確実に伸びます。 ・文法の複雑さも、日本語ほどではない ・単語もシンプルで論理的 ・発音は慣れさえすれば怖くない 結局、必要なのは「失敗を恐れずに話す勇気」だけ。 キャリアを変えるのは「明日からの一歩」 今の私は英語を武器にしながら、システム屋としてのキャリアを再設計しています。周囲の仲間が日本語だけで戦っている中、私はグローバルのプロジェクトに参加し、報酬も役割も倍増しました。 だからこそ強く言いたいのです。 「英語は、キャリアと人生を変える最強のレバレッジになる」と。 そして最後に── 私ならできる!明日から踏み出す! あなたもその一歩を、今日から始めてみませんか? 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       ✅まとめ システム屋としてのスキルだけでは差がつきにくい 「英語」があれば、年収もキャリアの幅も一気に広がる 日本語より簡単!あとは“話す勇気”だけ

「え、私がマイク?PowerPointしか触ってないのに!」――システム屋がピッチに立つ日

コードよりPowerPointが武器になる日が、あるかもしれない話 「ピッチって…開発者に関係あるの?」 そう思っていたのは、かつての自分です。 だって、ピッチといえば“たった3分でアイデアを紹介して、価値を伝える”ビジネスの最前線。そんな世界、開発者には縁がない…そう信じていました。 ■ システム屋にピッチは無縁…本当に? 普段、私たちシステム担当者は、要件定義から設計、実装、保守まで、ひたすら裏方。いわば縁の下の力持ちです。 だからこそ、「ピッチする機会なんてないでしょ?」と思いがち。 実際、社内でもプレゼンの場に立つ人は少なく、自分のアイデアを上に上げることさえ、「誰かがやってくれる」ことになりがちです。 でも、それって本当にいいのかな?と、ある時から思うようになりました。 ■ ステージが変わると、世界が変わる ある日、役職が少し上がって、 お客様への提案 が求められるようになりました。 そこで初めて見たのは、 PPTという名の“もうひとつの開発環境” でした。 「スライドって、こんなに構成とかロジックとか必要なのか…」 「この1枚で、相手の意思決定が変わるのか…」 気づけば、PowerPointと話し方に苦戦する日々が始まっていました。 ■ 話し方教室、そしてToastmastersへ 僕はそこから一念発起して、話し方教室に通い始めました。 人前で話す練習をし、プレゼンの構成力や“伝え方”を徹底的に鍛えました。 そして今では、 英語で発表練習ができる「Toastmasters」に参加 しています。ここでは毎回、即興スピーチや構成練習ができて、実戦にかなり近い経験が積めています。 ■ ピッチは「雰囲気」が違う。でも、挑戦する価値がある とはいえ、ピッチはまた別の空気感があります。時間は短く、観客も厳しく、空気感もビジネス色が強い。 だからこそ、最近は 実際にピッチイベントに申し込んで“場数を踏む”ことにも挑戦 しています。 完璧じゃなくていい。やってみないとわからない。 それに、 「開発者がピッチできる」って、めちゃくちゃ強い武器 になるんですよね。 アンケートでおこづかい稼ぎ     ■ 私ならできる。明日から、一歩踏み出すだけ ピッチは特別な人のためのものじゃない。 どんな立...

えっ、ここ全部ホテルなの!?――ラスベガスで見た“システムの夢”

AWS re:Inventでの衝撃体験。カジノじゃなく、ITで人生を賭けた話。 「嘘でしょ!?ここ全部、システムイベント会場なの!?」 そんな声が思わず漏れたのは、ラスベガスにある複数の高級ホテルに足を踏み入れた瞬間でした。カジノで有名なこの街で、世界中のシステム屋たちが一堂に会する「AWS re:Invent」。ここで私は、人生を変えるほどの衝撃を受けたのです。 💡Globalな働き方がくれた、あこがれ グローバル案件に関わるようになってから、自然と世界への意識が強くなってきました。そんな中、縁あってラスベガスで行われるAWS re:Inventに参加する機会を得ました。システム屋としては憧れの舞台。…そう、**「夢の場所」**でした。 🎰カジノで2分2万円、でも本当の賭けは… ラスベガスに着いてまず向かったのは…正直に言います、カジノです(笑)。ちょっとした好奇心で挑戦したところ、開始2分で2万円が吹き飛びました。完全に「ラスベガスの洗礼」。この街、やっぱり危険です。 でも、本当に賭けていたのはお金じゃなく、**「これからの自分のキャリア」**だったのかもしれません。 💻ホテル全部がITの祭典? AWS re:Inventは、ラスベガスのいくつもの巨大ホテルを貸し切って開催される、ITの祭典。4日間、朝から晩まで数千のセッションが開催され、展示ホールでは最新技術が並びます。 私は、日本のセミナー文化しか知らなかったので、そのスケールに圧倒されました。ここでは、 システムの話が「未来を語る力」になっている のです。 🇯🇵日本のシステム、ここに持ち込みたい! 不思議なことに、 この巨大イベントに日本のシステム会社は出ていません でした。見渡せば、アメリカ・欧州・アジアの名だたる企業ばかり。だけど、思ったのです。 「ここに、日本の良さを持ち込めたら?」 そして、夢が生まれました。 🎤“登壇者”として、この場所に立ってみたい 大きなステージで、新しい技術や事例を語る登壇者たち。英語で堂々と、未来を語る姿。 憧れました。嫉妬すら覚えるほどに。 そして私は思ったのです。 「いつか、自分もこの舞台に立ちたい」 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」     ✨明日からの一歩が、きっと世...

「私がスポットライトを浴びる日」— ビッグサイト登壇という夢が叶うまで

憧れから一歩ずつ。セミナー好きな“システム屋”が、夢のステージに立った話。 「まさか、あのビッグサイトの登壇台に、自分が立つ日が来るなんて…!」 あの大舞台を初めて見たのは、入社してすぐの頃だった。 いくつものIT展示会やセミナーに足を運び、目を輝かせながら最前列に座る“ただのシステム屋”だった私。 でも、心のどこかでは、こう思っていた。 「やっぱり、登壇している人ってカッコいいな」って。 ■ スポットライトの先に見えた“理想の自分” 企業の代表として紹介され、観客に向かって堂々と語るスピーカーたち。 スポットライトを浴びながら、未来のビジョンを語る姿に、私は何度も心を打たれました。 中でも印象的だったのは、ある年の登壇者。 東京証券取引所のCIOが、強い口調で「5年後の日本はこうなる」と未来を描いた瞬間。 その言葉は、自分の中の迷いや不安を消し、「先を目指さなきゃ」と勇気をくれました。 ああ、やっぱり前向きな言葉っていいな。 聞いている人の心を動かし、「自分もやれるかも」と思わせてくれる。 ■ 不安の中に、光を差し込める人になりたい 気づいたんです。 いいプレゼンって、未来を語るだけじゃない。みんなの“不安”にそっと光を当ててあげること。 「このままでいいのかな?」という迷いに、「それでいいんだよ」と背中を押してくれる人。 そんな人に、私はなりたいと思いました。 さらに、笑顔があると、もっといい。 会場全体が明るくなる。製品も企業も、そしてその人自身も、好印象を残してくれる。 ■ 失敗の中にも、一歩があった 実は、私は一度だけ登壇のチャンスをもらったことがあります。 自分の開発したシステムを使った新しい事業アイデアを、ある社内ピッチイベントで発表しました。 ちょっと芝居風にして、「Like」はたくさんもらえましたが…正直、結果は散々。 でも、 あの瞬間、夢に一歩近づいた のは間違いない。 それから何度も転んで、立ち上がって。 やっと今回、 ビッグサイトという“夢のステージ”に登壇できる日が来た んです。     ■ 明日は、もっと明るい未来へ 夢って、いつか“叶っていた”って気づくものなんですね。 あのとき観客席にいた私は、もういません。 ステージから、誰かに勇気を与えられる...