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金融システムの「見えない縄張り」――社会人5年目で知った巨大システムの世界

う わっ、 金融 システム って こんな 巨大 な 縄張り が ある 世界 な の か! 社会 人 5 年 目 に も なる と、 仕事 に も 少し 慣 れ、 業界 の 構造 が 少し ずつ 見え て くる。 それ は 単に 自分 の 担当 業務 だけ では ない。 誰 が 何 を し て いる の か、 どの 会社 が どの 役割 を 担 って いる の か。 そんな「 見え ない 構造」 が 少し ずつ 理解 できる よう に な って くる。 私 が 関 わっ てい た の は 金融 システム の 世界 だ っ た。     金融 システム という 特殊 な 世界 金融 の 世界 は、 想像 以上 に 多く の プレイヤー が 絡 んで いる。 銀行 だけ でも 都市 銀行、 地方銀行、 信用金庫。 そこ に 証券 会社 が あり、 さらに 取引 所 や 清算 機関 など が 関 わ って くる。 そして、 それら を 裏側 で 支え て いる の が 巨大 な 金融 システム だ。 この 世界 の 特徴 は「 規制」 で ある。 金融 業界 は 法律 や 制度 の 変更 が 頻繁 に 起きる。 そして 規制 が 少し でも 変わる と、 それ は システム 変更 を 意味 する。 なぜなら、 規制 と は ルール だから だ。 そして ルール を 司る もの、 それ が システム なので ある。 ルール を 動かす の は 人 では なく システム 昔 は 人 が 確認 し てい た。 書類 を チェック し、 ルール を 守 って いるか を 目視 で 確認 する。 しかし 金融 の 世界 では、 その 多く が システム に 置 き 換 わっ てい っ た。 口座 管理 取引 チェック リスク 管理 決済 処理 これらの 多く が 自動化 さ れ、 システム 無し では 業務 が 成立 しない 世界 に な って いく。 当然、 金融 機関 の 中 に は 多く の システム 部門 が 存在 する。 そして 外部 の システム ベンダ ー に対する 要求 も 非常 に 高い。 なぜなら、 扱う 金額 の 桁 が 違う からだ。 金額 の 桁 が 違う 世界 金融 システム の 開発 プロ...

なぜ勝てなかったんだ!?——プラットフォーム開発競争の、その裏側

世界標準と向き合った日本企業の挑戦と誇り うわっ、相手がデカすぎる……! 日本の企業が、プラットフォーム開発という巨大な競争の渦中にいた時代があった。 各社が商用のサーバやDBを開発し、世界標準という“とてつもなく大きな存在”に正面から向き合っていった。 ■世界標準に追いつけ、追い越せ 正直に言えば、対応が後手に回ってしまったこともある。 すでに世界に広く普及していた巨大なプラットフォームに対し、日本の製品は「後発」だった。 それでも、日本企業の技術には確かな強みがあった。 説明書は丁寧で、使う人に優しい。 Oracleなど、世界的に使われている製品にありがちな“変な癖”が少なく、素直な設計が多かった。 ■中立性という、静かな強さ 実際、DB技術者と話すとよく聞いたのが、 「日立のHiRDBは、OracleやSQL Server、DB2と比べても、非常に中立性を保った設計だ」という声だった。 特定の思想や使い方に縛られすぎない。 だからこそ、安心して長く使える。 派手さはないが、堅実で、真面目な技術だったと思う。 ■日本の技術は“育つ”もの 日本の技術は、先行して勝つタイプではない。 最初から世界を席巻するよりも、 後から改良に改良を重ねて育っていく 。 それは、ものづくりの文化そのものだ。 では、プラットフォームはどうなったのか。 正直に言えば、世界標準の大きさには勝てなかった。 ■なぜ、色が薄くなったのか 理由は一つではない。 クラウドやオープンソースの波があまりにも大きかったこと。 価格が高すぎたこと。 マーケティングが弱かったのかもしれない。 あるいは、日本企業同士が競争しすぎたのかもしれない。 実際、IBMですらOracleに勝てていない。 「何が刺さるのか」を見極めるのは、それほど難しい。 ■それでも、私は信じている それでも、私は自信を持って言える。 日本の企業は、良いものを作ろうと本気で頑張っている。 そして、技術者はいつの時代も、常に前を向いている。 勝ち負けだけでは測れない価値が、確かにそこにあった。 その現場を知れたことは、今も私の誇りだ。 私ならできる!明日から踏み出す

💥「システムが覚醒する瞬間」──世界が一斉に動き出すとき

元号変更から2000年問題まで。イベントの裏でうなるシステムたちの物語 うわっ、動いた!──その瞬間 まるで巨大な機械が一斉に目を覚ましたかのように。 世の中のシステムが一番動く瞬間って、いったいいつだと思いますか? 答えは、 大きなイベントがあるとき です。 祝日やセール開始もそうですが、日本では特に「元号が変わる瞬間」が如実。役所、銀行、通販サイト、あらゆるシステムが同時に稼働し、裏ではとんでもないデータの洪水が流れています。 自分のシステムだけでは安心できない 怖いのは、自分のシステムは完璧でも、 相手方のシステム に不具合がある場合。 特に送金システムなんて、ドッキドキです。銀行間で事前に「テスト済みです!」と言われても、テスト環境と本番環境は別物。本番当日にしか現れないバグが潜んでいることもあるのです。 冷や汗ものだった2000年問題 思い出すのは、あの 2000年問題 。 1990年代、システムのメモリは今ほど大きくなく、年を「19XX」の 下2桁 で表すのが普通でした。 たとえば1999年12月12日は「991212」。たった6桁です。 これが2000年になると「000101」。システムによっては1900年と誤認し、計算が狂う危険性がありました。しかもこれは、日本だけでなく 全世界規模 の課題。世界中のエンジニアが冷や汗をかきながら年越しを迎えたのです。 6桁から8桁へ──進化するシステム 今は2025年8月9日。もし当時の6桁表記なら「250809」。 ──これ、1925年と2025年の区別がつかないですよね。 だから現在は「20250809」と 8桁 で記録します。 メモリや処理能力が飛躍的に向上したおかげで、8桁でも問題なし。 ただし、こうした「桁数ひとつ」の違いが、システムを止める原因になることもあります。 6桁か8桁か。たったそれだけで、エンジニアたちは何日も議論を重ねるのです。 次に動くのはいつか? では、次にシステムが本気を出すのはいつでしょうか? 新しい時代の幕開け、巨大イベント、突然の社会変化──そこに必ずシステムが関わります。 アンケートでおこづかい稼ぎ     結論──私ならできる! イベントの裏には、汗と緊張と、ちょっとした誇りがある。 そして次の瞬間も、きっと乗り越えられる。 そう、 ...

えっ、遅れてる?日本のデジタル技術にまつわる大誤解 ーFAXじゃ測れない、日本の「技術DNA」にもう一度目を向けよう

驚愕!日本は“デジタル後進国”?の声に… 「マジで⁉ 日本って、デジタル後進国って呼ばれてるの⁉」 ある日、同僚との雑談で出たこの言葉に、思わずフリーズした。たしかに、ビジネスシーンで FAXがまだ現役 で使われていたり、 キャッシュレス決済の導入率 が他国より低いことは事実。でも、それだけで 「日本=デジタル後進国」 と決めつけるのは早計では? ■ 日本が誇る、知られざるテクノロジーの数々 では少し視点を変えてみよう。 「 Winny 」を覚えているだろうか?2000年代前半に登場した、P2P(ピア・ツー・ピア)による革新的なファイル共有システム。世界でもまだP2P技術が一般化されていなかった時代に、日本から生まれた最先端技術だった。 さらに「 TRONプロジェクト 」。これは、誰もが使えるOSを目指して開発された国産技術で、教育や組み込み機器、さらには家電などにも広がっていった。Windowsのように一般消費者向けではなかったため表舞台からは外れたが、今も多くの製品の中に組み込まれて生き続けている。 こうした過去の偉業にこそ、日本の 技術力の本質 が見えてくる。 ■ 世界を揺るがす論文の著者は…日本人⁉ そして今、 ブロックチェーン という言葉を聞いたことがある人も多いはず。ビットコインの基盤となるこの概念を生んだのは、なんと「 Satoshi Nakamoto(サトシ・ナカモト) 」と名乗る人物。 諸説あるものの、その名前から「日本人では?」という声も多い。 世界中の金融やシステムを根底から変えるこの技術が、 日本人の論文から始まっている可能性が高い という事実。 それだけで胸が熱くならないだろうか。 ■ ゲーム機に宿る、日本のデジタル魂 もっとわかりやすい例を挙げよう。 任天堂 や セガ 。この2社が生み出した家庭用ゲーム機やゲームソフトは、世界中の子どもたち、いや大人たちの心をも虜にしてきた。 それは単なるエンターテインメントではなく、 インターフェース設計やグラフィック処理、ハードウェアとの融合 といった、非常に高度なテクノロジーの集合体でもある。 つまり、日本は 技術と体験の融合 において、常に世界をリードしてきたのだ。 ■ 技術が“使われる”ための壁とは何か しかし、世界に広がった技術と、広がらなかった技術。 こ...

「技術だけじゃ回らない国」日本の技術力はどこから来たのか?

冒頭の衝撃:それ、技術じゃないの!? えっ!?それ、技術じゃないの!? ――日本の技術力は世界に誇れる。でも、その「技術」って、実は技術者の力だけじゃなかったんです。 日本の現場で育まれた誇り 私はキャリアのスタートを日本のエンジニアリングから始めました。一時、研修で、フランスのルノーに赴任したことがありました。そのとき、日本人技術者の存在感に驚かされました。緻密で確実、信頼できる仕事ぶり。現地のエンジニアたちが一目置くほど、日本の「技術力」は強かったのです。 それでも感じた世界との差 でも、エンジニアとして10年以上の歳月が経った今、正直に思うことがあります。 「ソフトウェア開発に関しては、アメリカ、中国、インドの方が上だな」 特に、スピードと応用力、プログラミングにおける即戦力。日本のチームが太刀打ちできないと感じる場面も少なくありません。 それでも日本が技術立国である理由 じゃあ、なぜ日本が技術立国として認識され続けているのか? ――それは「技術者」だけの力ではないからです。 日本には、技術を補う環境があります。運用で支える現場担当者、丁寧なルール作り、それを守る利用者。この三者が技術の完成度を底上げしています。 たとえば、切符の券売機。日本では「呼び出しボタン」があって、押せば駅員さんがすぐに対応してくれる。この“人の気配のある技術”が日本らしい。それに対し、海外では無人のまま、機械任せのところが多く、使い方がわからなければ途方に暮れることも。 日本の「技術」は、文化と人との融合で成り立っているのです。 文化が支えるテクノロジー国家 人がそっと寄り添う技術、ルールが活きる運用、そしてそれを当たり前に守る国民性。技術者一人では決してできないことが、日本では自然に組み合わさって社会を支えています。 だから日本は住みやすい。だから日本の技術は信頼される。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」 締めのメッセージ:私たちにできること 「技術=技術者の力」と思っていたら大間違い。 私たちはこの文化の一員として、支える側にも、つなぐ側にもなれる。 だからこそ誇りを持って、こう言えるのです 私ならできる!明日から踏み出す新たな一歩