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えっ!? 勉強って“場所”で変わるの?——大学という特権を使い倒した話

カナダから帰って気づいた、“学べる環境”があるうちに詰め込む大切さ 🌎 帰国後に感じた「置いてけぼり」 「えっ!? 勉強って“場所”で変わるの?」——カナダから帰国した直後、私はその意味を痛感した。 英語も半端、進路もぼんやり。何をどうすれば「グローバルに通用する自分」になれるのか、全く見えなかった。 だからこそ、帰国してからの私は “勉強を詰め込むマシン” になった。朝から本を開き、パソコンに向かい、ノートを真っ黒にして数式を追いかける。まるで止まった時間を取り戻すように。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       🎓 「大学にいる今だから」できたこと 大学という場所には、驚くほど多くのチャンスがある。 大学院進学も、英語のクラスの取り直しも、教員免除の取得も、 「大学にいる今だからこそ」 簡単に挑戦できた。 社会に出てからでは、一念発起して受験や申請をやり直さなければならない。でも今なら、ワンクリックで始められる。 「環境を味方にする力」こそ、学生の最大の武器だと気づいた。 🧮 教員免除がくれた“原点の再発見” 特に 教員免除の勉強は楽しかった。 母が数学の教師ということもあり、彼女と同じ道を少しだけたどるような感覚。家で数式を並べながら質問できる環境が、当たり前のようにあった。その「当たり前」が、どれほど恵まれていたかに今さら気づく。 🧭 “流されてきた自分”への理解 振り返れば、私はずっと“環境に生かされてきた”のかもしれない。 数学が得意だから工学部。父がエンジニアだから、工学部のハードルが低かった。気づけば、親が作ってくれた道の上を自然と歩いていた。 でも——カナダに飛び出したことで、初めて**“自分でコントロールする”**という感覚を得た。 今はまだ、何で生きていくのか定まっていない。だけど、今ここにある環境を使い切ろうと思った。 🚀 学びを通して、自分を変える 大学院進学も、教員免除も、英語も、全部いまだからできる。 環境を“利用する”ことこそが、グローバルな勉強の第一歩だ。 焦らなくていい。すべてを一気にできなくてもいい。 少しずつ、でも確実に。 学びを通して、自分を変えていけばいい。 💬 結び 私ならできる!明日から踏み出す。...

「えっ、その足どけて!?」——カナダ横断バスで学んだ“英語より大切なこと”

英語が通じない悔しさと、ユーモアで空気を変える力に気づいた日 🚍 静寂のバスで始まった“沈黙の旅” 「うわっ、マジか…!?」 バスの頭上から、突然“足”が降ってきた。しかも靴のまま。——それが、僕のカナダ横断の思い出の一幕だ。 当時の僕は、ワーキングホリデーでカナダを旅していた。英語はまだ拙く、会話のたびに緊張する。そんな中、長距離バスでの数日間は、まるで“沈黙の修行”のようだった。 窓の外に広がる雄大な景色。草原、湖、遠くに見えるロッキー山脈。だけど、隣に座る人とはほとんど言葉を交わせない。 話しかけたい。でも、言葉が出てこない。 結局、旅を楽しむというより、“会話できない自分”と静かに向き合う時間が続いた。 アンケートでおこづかい稼ぎ     😣 英語の壁と、降ってきた“足”の衝撃 そんなある夜、タチの悪い人たちが乗ってきた。後ろの席から何か話しかけられたが、何を言っているのか分からない。とりあえず笑顔でうなずき、関わらないようにした。 ところが次の瞬間、僕の頭の上に「ドンッ」と足が出てきた。 彼は靴のまま、足を前の席に投げ出して寝転がっていたのだ。 驚いたけど、英語で「やめて」と言う勇気が出ない。 ただ、嫌な顔をして小さく体をずらした。 情けないけれど、どうしようもなかった。 💬 一言のユーモアが変えた空気 次の停車駅で人が増え、隣には若い女性が座った。 そしてその彼女が、後ろの“足の男”に何かを言った。 ——その瞬間、バスの中が笑いに包まれた。 どうやら彼女は、ユーモア混じりに皮肉を言ったらしい。 その一言で男は照れ笑いしながら、すぐに足を下ろした。 英語の上手さだけじゃない。 彼女の言葉には「場を和ませながら相手を動かす力」があった。 それを見て僕は、自分が目指す“英語力”のゴールが変わった。 🌎 英語より大切な“伝わる力” 英語ができるようになりたい。 でもそれ以上に、「人を思いやり、状況を変えるコミュニケーション」を学びたいと思った。 カナダの広大な夜空を見上げながら、僕は心に決めた。 次は、話せる自分で挑戦しよう。 英語の壁を超えて、“伝わる力”を身につけたい。 ——私ならできる。 明日から、一歩踏み出そう。

21歳、勝手に飛び出した日——“Global”が心に芽生えた瞬間

英語が苦手だった僕が、ワーホリをきっかけに世界を意識するようになった話。 🌏 はじまりは、ニューヨークの空の下で 「うわ、英語ってこんなに通じないのか!」 カナダの空港で、現地の係員に話しかけられた瞬間、頭が真っ白になった。けれど、あの一言が僕の“Global”への第一歩だったのかもしれない。 思い返せば、小学生の頃から「海外」という言葉にはなぜか心が躍っていた。親が学校の先生で、たまに英語の先生たちと話している姿を見て、「英語で話せるって格好いいな」と思っていた。家は決して裕福ではなかったけれど、両親は僕に英語を習わせてくれ、小学校の頃にはいとこの家を頼りに、ニューヨークで2週間を過ごす機会ももらった。宿泊費が浮いたとはいえ、海外に行けるなんて、当時の僕には夢のような体験だった。     👩‍🏫 中学時代、“世界”が近づいた瞬間 中学になると、学校に来ていたニュージーランドの先生が印象的だった。何気ない会話の中に、世界の広さを感じた瞬間。「いつか自分も、英語で世界とつながりたい」——そう思ったのを今でも覚えている。 📚 英語アレルギーの高校時代 けれど、高校に入ると現実は厳しかった。文法が複雑になり、長文読解に苦戦。英語は完全に“苦手科目”になった。あまりに分からなくて、テストでカンニングして怒られたこともある。まさか将来、自分が英語でディスカッションするようになるなんて、その頃の僕には想像もできなかった。 🎓 大学入試と、英語の壁 それでも、大学受験のときは意地で長文を読み込んだ。なんとか合格はできたものの、「話す英語」はまったく身についていなかった。そして、就職が近づくころ——ふと「このまま就職するのは嫌だ」と思った。 ✈️ ワーキングホリデーという選択 もっと自分を試したい、世界を見てみたい。そう思って出会ったのが ワーキングホリデー制度 だった。 カナダ、オーストラリア、ニュージーランド——どこに行くか迷った末、僕が選んだのはカナダ。正直、理由はあまり深くなかった。たまたま友人のつてを頼りに、現地のリビングに泊めてもらえることになったからだ。親には本当のことを言わず、こっそり準備を進め、21歳のときに飛び立った。 🌍 “Global”とは、生き方そのものだった 英語も不安、生活も不安。...