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これ運命!? ——“始動プロジェクト”との劇的な出会い

メンターの一言が、人生のギアを一段上げた日 ■ 予想外の始まりは、まさかの一言から 「うそでしょ!? まさかこんな形で人生が動き出すなんて——」 そんな言葉から始めたくなるほど、私と「始動プロジェクト」の出会いは突然でした。 すべての起点は、教育領域で起業されている 白川寧々さん というメンターの存在です。 私には仕事・人生ともに相談できる人が必要で、寧々さんはまさに理想の相談相手でした。 話をじっくり聞いてくれるだけでなく、方向性にも的確な意見をくださる。本気で向き合える貴重な時間がそこにありました。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       ■ スタートアップへの興味と、アイデアの渦 メンターについてしばらくした頃、私は「スタートアップを検討している」と正直に伝えました。 頭の中には多くのアイデアがあり、それを一つひとつ共有していくと、寧々さんはこう言ったのです。 「そんなにアイデアがあるなら、始動プロジェクトとか向いているかもしれないね」 それは衝撃でした。 なぜなら—— 当時の私は“アクセラってなに?”状態。スタートアップ界隈の言葉はほぼ未知。 それでも、その一言が私の心に火を付けました。 ■ 2023年:初めて知ったのに、もう終わっていた しかし2023年、知ったときにはすでに 募集終了 。 挑戦したくてもスタートラインにすら立てませんでした。 そこで私は、始動とは関係なく 個人事業を開始 。 正直、これがまた難しく、壁だらけの毎日。でも少しずつ形になり、「やっぱり挑戦は面白い」と思えるようになっていきました。 ■ 2024年:前日準備で挑むも、不合格 2024年、ついに始動プロジェクトの案内が届きました。 しかし案内は不規則で、確認が遅れ… 準備はなんと“前日”。 夜遅くまで寧々さんと資料を作成したものの、準備不足は否めず、結果は 不合格 。 落ち込む気持ちはありましたが、それでも挑戦したことには意味がありました。 ■ 2025年:ついに合格。ここから本当の始動へ そして2025年。 今年はしっかり準備ができ、応募資料も磨くことができました。 結果は、ついに… 合格。 報告すると、寧々さんも本当に喜んでくれました。 「ようやくここまで...

金融で失敗した僕が、不動産と妻と一緒に見つけた投資の答え

「えっ!? こんなにやっても全部マイナス!?」 投資を始めた頃の私は、まさにそんな絶望の渦中にいました。株もFXも仮想通貨も手を出しては失敗し、プラスマイナスゼロどころか、むしろマイナスばかり。やればやるほど泥沼にハマっていく感覚――投資って、まるで終わりのないゲームだと痛感しました。 投資は沼、でも学びは残る 最初は、短期的な利益を追いかけてばかり。リスクとリターンのバランスを無視していた結果、当然のように資産は減っていきました。投資の本質を理解していなかった私は、「やっぱり投資は沼だ」と諦めかけたのです。 保険という安心の投資 そんな中、救いとなったのが保険でした。多額のお金を入れて「安心+投資」という形で進められたのは、信頼できるCFP(ファイナンシャルプランナー)さんがついてくれたからです。プロが一緒に歩んでくれる安心感は、何よりも大きな支えでした。 不動産への挑戦 次に挑戦したのが「不動産投資」。ただ、正直なところ最初は怖かったのです。情報があふれ、何を信じればいいのか分からない。そこで私は、セミナー周りから始めました。なぜか参加するだけで3,000円もらえるセミナーもあり、ちょっとした小遣い稼ぎ感覚。気づけば1年以上かけて、100を超えるセミナーに参加していました。 学んだことは「人を信じる」 その過程で見えてきた答えはシンプルでした。 不動産投資は「信用できる会社」と「信頼できる担当」を見つけること。これは保険で出会ったCFPと同じ構造です。自分のお金と信用を一緒に運用してもらえるプロに出会うこと。そして、丸投げではなく、一緒に説明しながら歩いてくれる存在こそが必要なのです。 今、振り返って 結果として、私たちは不動産投資に一歩踏み出しました。大きな利益ではありませんが、今は少しずつプラスで回り始めています。何より妻と一緒に悩み、調べ、選んできたことが大きな財産になりました。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」     結論 金融では何度も失敗しました。でもその経験があったからこそ、保険で学び、不動産で挑戦し、「人を信じて共に進む」投資の形にたどり着けたのです。 だからこそ今は言えます。 👉 「私ならできる!明日から踏み出す」

【衝撃】システム屋って、実はデートに向いてる説。― その働き方、恋に活かせるって知ってた? ―

システム屋とデート?無理じゃないの⁉ そんなふうに思っていませんか?サーバーとか障害とか、24時間365日、常にパソコンの前に張り付いている人たち…そんなイメージ、ちょっと古いかもしれません。 時間、実は自由なんです 意外かもしれませんが、システム屋って、時間の使い方が柔軟なんです。もちろん、開発の現場にいると、リリース前やテスト期間などで一時的に忙しくなることはあります。でも、それはずっと続くわけではありません。一段落すれば、急にポッカリ時間が空く。そんな波があるのが、この仕事の特徴。 むしろ他業種に比べれば、予定は組みやすいかもしれません。 呼び出される時代、終わりました 「障害があったらすぐ呼び出しでしょ?」って思うかもしれません。確かに昔はそうでした。誰か一人しかわからないようなシステム、属人化された環境。そんなときは夜中でも電話一本で呼び出されていました。 でも、今は違います。 チャットもWeb会議も整っているから、現地に行かずに対処できることがほとんど。そもそも、個人に依存するような設計は避けるのが当たり前の時代になってきています。つまり、呼び出される頻度は激減しています。 開発現場って、意外と自由 開発現場には、いろんな会社の人が混在しています。A社の人もいれば、B社、C社…フリーランスも普通にいる。そして、それぞれの事情で、来たり来なかったり、早く帰ったりします。 「今日はちょっといないな」 でも、誰も気にしない。 これってつまり、「抜けようと思えば、抜けられる」ってことなんです。 デートの予定も、入れやすい? そうなんです。実はこっそり抜けたり、途中でフェードアウトするのも不可能ではありません。もちろん責任は伴いますが、成果で見られる業界だからこそ、自己管理ができていれば問題なし。 そう考えると、むしろデートの予定は入れやすい方なのかもしれません。 システム屋ライフ、楽しもう 「システム屋はモテない」とか、「忙しすぎて恋愛できない」とか、勝手なイメージで自分の未来を狭めないでほしい。時間をコントロールできるからこそ、自分の人生をデザインしやすい仕事なんです。 恋も仕事も、どっちもやれる そう、 私ならできる ! アンケートでおこづかい稼ぎ     明日から踏み出そう 今まで一歩が踏み出せ...

言語沼に飛び込め!最初の一歩でプログラミングが未来に変わる!

はじまりは“混沌”の時代から 「えっ!まだCでやってんの!?」 そんな言葉が飛び交っていた時代、私はプログラミングを始めました。当時は言語の選択肢がどんどん増えていて、何から学べばいいか混乱するばかり。 まず私が取り組んだのは C言語とC++ 。 オブジェクト指向という概念を理解したくて、本を何冊も読み漁る日々でした。大学でもC寄りのC++でシミュレーションを作り、ひたすら試行錯誤。今思えば、かなりの根性勝負でした。 驚きの“スクリプト体験” 転機が訪れたのはフランス研修。 あるシミュレーションソフトでは、内蔵された スクリプトで動作制御 を行う仕組みになっていて、当時スクリプト言語を知らなかった私は驚愕。「コードってこんな軽く書けるの?」と衝撃を受けた瞬間でした。 Java時代の幕開けとCOBOLからの脱却 社会人になった頃、Javaが一気に進化中で、 Java4 が登場。 私の業務もサーバー構築やDB連携、メッセージ処理などJava一色に染まりました。その一方で、COBOLからの移行プロジェクトも多数あり、 GoやCOBOL の学習も必要に。 古い技術と新しい技術の橋渡しをするような時期でもありました。 言語の多様化と“現場力” JavaScript、PHP、Rubyといったスクリプト系も爆発的に広まり、管理業務では VBScriptやVBA も大活躍。とくにVBAは週次資料の自動生成に欠かせず、Excelを操る最強の武器でした。 Pythonも、データ分析が盛んになる中で注目され、Lambdaなどの サーバーレス系スクリプト にも触れる機会が増えました。 振り返って思う「学ぶべき1本」 こうして振り返ると、C++やJavaといった**“コンパイラ言語”の基礎があったこと**が、後々どんな言語にもついていけた大きな理由だと思います。 プログラミング言語は今、自然言語に近づきつつあります。難しいように見えて、実は基本構造は変わっていないんです。 だからこそ、これから始めるなら Javaのような構造のしっかりした言語 に触れておくと、その後の成長がグッと加速します。 『デイトラ』で仕事につながるWebスキルを身につけよう!     最後に:必要なのは、“一歩”だけ 今は「プログラミング不要論」も聞か...

え、パソコンが喋る!?理系女子が輝くシステム現場のリアル ー性別より実力、才能が光る職場にあった“本当の多様性”

パソコンから声が聞こえるんだってさ! そんな話を聞いたのは、配属されたての新人研修中のことだった。正直「何を言ってるんだ」と思った。でも、その彼女は本当にすごかった。プログラム、開発、テスト…何をやらせても一番。僕も負けていないと思っていたけど、彼女の前では素直に白旗を上げた。 理系の大学に、女性はなぜ少ない? 僕は理系の大学出身だ。クラスは19人、そのうち女性は2人。割合にすると10%ちょっと。講義の内容に男女の違いは全くなかったし、体力を使うわけでもない。それなのに、なぜ女性は少ないのか?当時からずっと不思議だった。 大学では、レポートや研究に追われる日々。でも、性別で差が出る場面なんて一つもなかった。いや、むしろ几帳面で粘り強い女性の方が、プログラミングや実験に向いているんじゃないか?そんな印象すら持っていた。 システムの現場も、やっぱり少数派? 新卒で入社した日立製作所。配属先の新人同期を見渡すと、女性の比率は約3割。つまり、大学時代よりは少し増えたけど、やっぱり少ない。 でも驚いたのはその後。新人研修でプログラムの課題があったんだけど、一番コードが美しく、動作も完璧だったのは、あの“パソコンから声が聞こえる”彼女だった。彼女は冗談交じりに「コードが話しかけてくるの」と言う。僕にはそんなスキルはなかった。自分でも手応えを感じていたけど、彼女の才能には完全に脱帽だった。 活躍できるのは「わかる人」「できる人」 それから10年以上、数えきれないほどのプロジェクトに参加してきた。業種も内容もバラバラ。でも、一つだけ共通して言えることがある。 「できる人が活躍する」それだけの世界だということ。 もちろん、女性の上司や先輩もたくさんいたし、産休や育休で一時的に離れる人もいた。でも、システムの世界は基本的にプロジェクト単位でチームが組まれ、数か月〜数年でメンバーが入れ替わる。だから「来月から来ません」と言われても、「了解、じゃあ引継ぎどうしようか?」と淡々と進めるだけ。性別や背景にこだわっている暇はない。 ダイバーシティって何だったっけ? 最近では「ダイバーシティ」「インクルージョン」という言葉をよく耳にする。でも、僕が働いてきたシステムの現場は、言葉として意識しなくても、自然と多様性が存在していた。 性別、年齢、国籍、学歴――本当に...