大きなプロジェクトの終焉と“静寂”
「うわっ、拍子抜け!?」──あれほど全社を巻き込んだ大プロジェクトが終わった瞬間、社内は一気に静けさを取り戻した。会議室を飛び交っていた怒号、深夜まで続いたチャット通知、休日返上の緊張感。それらは一気に消え去り、まるで長い嵐が過ぎ去ったあとの青空のような空気が漂っていた。
社員たちはひとまずの達成感と安堵を胸に、それぞれの持ち場へと戻っていった。私も例外ではなかった。ただし、私に残されたのは、過去に自分がリードして構築したシステムのメンテナンスとサポートだった。
残されたタスクはシステムの守護
一見すると派手さのない仕事。しかし、このシステムは全国にお薬を届ける物流を支えるインフラだ。もし障害を出せば、患者のもとに薬が届かなくなる。つまり「命を守る最後の砦」でもあった。
“日常的に当たり前に動くこと”が前提のシステムほど、その重さを実感しづらい。しかし私には分かっていた。これは、誰かが気づかぬところで確実に回し続けなければならない、極めて重要なタスクなのだ。
“たまに”が許されない世界
幸いなことに、このシステムはほとんどの場合は予定通りに動く。だが、問題は「たまに」起こる障害だった。
たとえば深夜、配送データの処理が途中で止まった。朝までに復旧できなければ、全国の薬局で注文が滞る。その一報が入った瞬間、背筋に冷たい汗が流れる。結局徹夜で復旧にこぎつけ、大きな混乱には至らなかったが、あの緊張感は二度と味わいたくないと思った。
だからこそ、この「たまに」をゼロに近づけることが、何よりも重要だった。私は粛々とログを分析し、コードの小さな改善を積み重ねていった。予算はゼロ。追加のリソースもなし。限られた範囲の中でできることを探し、少しずつ前進するしかなかった。
全体最適への視座
しかし私の視点は、単なる個別改善にとどまらなかった。かつて全社を巻き込む巨大プロジェクトをリードしてきた経験から、意識は自然と「全体最適」へと向かっていた。
「このエラー処理を改善しても、別のシステムからボトルネックが来れば同じだ」──そう気づいてしまうのだ。だから本当は、1つのシステム単位で改善するよりも、全体を俯瞰して最適化する方が有効だと分かっていた。
提案と空振りの繰り返し
私は数えきれないほどの提案資料を作った。
未来の全体改善の青写真、システム間をつなぐ構想図、効率化のロードマップ。ときには「この仕組みを見直せば、年間で数千時間の工数削減につながる」と根拠をつけ、熱を込めてまとめ上げた。
だが現実は甘くない。資料を作っては、会議で取り上げられることもなく机の中に眠る。提案のチャンスが巡ってきても、上司にはそこまでの決定権がなく、結局は上層部で止まってしまう。気づけば、夜中に作って翌朝には捨てる資料の山が、机の横に積み上がっていた。
それは正直、虚しさを伴う作業だった。だが、それでも私は作り続けた。
それでも信じていること
なぜなら「改善できる」と信じていたからだ。たとえ今は届かなくても、いずれ誰かが同じ壁にぶつかったとき、このアイデアは役立つはずだ。そう思えば、無駄にはならなかった。
大きなプロジェクトの後に残ったのは、静かで地味なタスク。でも、その中には未来につながる芽が潜んでいる。地味な改善を続ける人間がいなければ、組織は次の挑戦に立ち向かう土台を失う。そう確信していた。


明日への一歩
今日も私は、システムを見守りながら、改善案をノートに書き溜めている。派手ではない。誰も注目しないかもしれない。だが、確かにここから次の一歩が始まっている。
──明日から踏み出す。私ならできる!
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