■ 初めての「働く」——それは母校での教育実習だった
「えっ!? 生徒に避けられた!?」
そんな予想外の出来事から始まった、私の教育実習。
数学の教員免除を目指し、最後のステップとして挑んだ2週間。
日本で“アルバイト以外”で働くのはこれが初めてだった。企業経験はあったが、相手が“中学生”というのはまったく違う。しかも舞台は自分の母校。懐かしい通学路を歩きながら、「今度は教える立場で戻ってきたんだ」と胸が高鳴った。
■ 緊張よりもつらかったのは「朝の早起き」
初日は不思議と緊張はなかった。ただ、朝が早い。大学生活では夜型の勉強リズムだったため、規則正しい生活に体を慣らすのが一番の試練だった。
それでも担当は中学2年生。指導教員の先生の後ろを一生懸命追いかけながら、授業の流れをつかんでいった。
■ 塾とはまるで違う“教える”ということ
授業内容自体は難しくない。塾講師のアルバイトで何度も教えてきた単元だった。
でも——学校は塾とは違う。
できる子を中心に進める塾と違い、学校では「取りこぼさないこと」が第一。
同じ単元でも20分かけて丁寧に説明し、全員が理解するまで進まない。
その姿を見て、ふと思った。
「先生の感覚って、こういうことか」
自然と、できる子よりも“できない子”に目が行くようになっていた。
■ 生徒との距離——懐かれて、避けられて
2週間の実習では、授業だけでなく部活動にも参加し、生徒たちと全力で向き合った。
なついてくれる生徒もいれば、私を避ける生徒もいた。
思春期特有の難しさ。正解はわからない。
でも、全員と真正面から関わることだけは意識した。
■ 最後の日に届いた“心のメッセージ”
実習の最終日、全員からメッセージカードをもらった。
避けていた生徒のカードにはこう書かれていた。
「2週間、私には本当に長かったです。」
思わず笑ってしまった。きっと、いろんな感情があったのだろう。
「好かれてましたね」と指導教員の先生が言ってくれた。
「ぜひ先生になってね」
その言葉に、私は笑顔で「ありがとうございます」と答えた。
■ 教職のやりがい、そして“今はまだ”という決断
教育の楽しさ、難しさ、責任。
2週間でそのすべてを肌で感じた。
大学に戻り、私は考えた。
——今すぐ先生になるのは違うかもしれない。
もっと社会を見て、もっと経験を積んでから戻ってきたい。
不思議なことに、今でも一番覚えているのは、あの避けていた生徒のメッセージだ。
後悔ではない。
むしろ、それが私の原点になった。
■ 教室を離れても、学びは続く
教育実習は終わっても、学びは続いている。
あの日の教室で感じた希望と責任を胸に、今日も新しい挑戦を積み重ねている。
私ならできる!明日から踏み出す。
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