残業が当たり前だと思っていた僕が、立ち止まった日
うわっ!同じプロジェクトなのに、こんなにも時間の流れ方が違うなんて――。
社会人2年目、僕は「時間の管理」という、想像以上に厄介な壁にぶつかっていた。
2年目で直面した“人それぞれの時間”
そのプロジェクトは、たった2人のチーム。
先輩は優秀で、指示も指摘も的確。いわゆる頭の切れる人だった。ただし、事情があった。小さいお子さんがいて時短勤務。さらに、関節症を抱えていて、痛みが強い日は少し休みがちだった。パソコンを打つのもつらい時がある、と聞いた。
正直、関節症がどんなものかよく分からず、僕はよく検索していた。女性に多いとか、慢性的な痛みが続くとか。そんな情報を少しずつ知りながら、先輩とも話をした。先輩は症状のことを隠さず話してくれて、子どもを抱っこするのも大変だとか、保育園のお迎えの話も聞かせてくれた。
残業続きの現場から来た“ギャップ”
直前まで、みんなで終電近くまで残業するのが当たり前のプロジェクトにいた僕にとって、その環境はあまりに違った。
16時を過ぎると、先輩は帰る準備を始める。僕はというと、その後ひとりで終電まで作業。正直、戸惑った。
「先輩も苦しかったんだろうな」と今なら思える。でも当時は、「自分がやる!」という意識だけで走っていた。そんな気持ちが、ずっと続くわけもない。
途中から、「なんで?もう少しやってくれても良いやん…」そんな感情が頭をもたげた。
爆発と、救われた瞬間
毎日、16時前になると、先輩は宿題をきれいにリスト化して帰っていく。
ある日、いろいろ指摘を受けたタイミングで、つい言ってしまった。
「先輩、もう無理です」
先輩の行動は早かった。
「え?無理?」と聞くなり、すぐ課長のところへ行き、応援要請。ほどなく、サポートの先輩たちが現れた。
ありゃ?と思った。
あ、ちゃんと話していいんだ――そう気づいた瞬間だった。
今でも覚えている。あの時の先輩の判断。
これが、チームを救う行動なんだ。
早いうちに気づけてよかったこと
今思えば、社会人2年目で「人にはそれぞれ時間の制約がある」と理解できたのは、すごく大きかった。でも、当時は本当に頭を悩ませた。
それでも、抱え込まずに言葉にすること、助けを求めることの大切さを、あの経験が教えてくれた。
私ならできる!明日から踏み出す
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