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うそでしょ!? フランス研修の“最後のテーマ”が人生で一番キツかった話

語学3カ月+企業研修8カ月――自由すぎて放置すぎる30年物プログラムの“真のラストボス” ◆ 驚愕の幕開け:「最後のテーマ、これ本当に学生にやらせる!?」 「 えっ、最後のテーマ、こんなに重いの!? 」 思わず天を仰いだ。そんな衝撃で締めくくられた、私のフランス研修1年間。     ◆ 1年間の濃密プログラムと“30年物の伝統” 私のプログラムは、 最初の3カ月が語学研修 その後の8カ月が企業研修 休みを合わせると ちょうど1年間 しかもこの制度、実は 30年続く老舗プログラム 。 MBAのようなビジネス志向ではなく、 日本が強みとする技術・研究系に特化 しているのが特徴だ。 ◆ 自由すぎる…そして放置すぎる運営体制 一方で、事務局の人数はかなり少ない。 欧州でトラブルが起きても、すぐに対応されるとは限らない。 企業研修の開始時には、 住む家探しも一人 契約も一人 困っても誰も助けてくれないことも多々 自由だけど、相当な放置プレイ。 不安で押しつぶされそうになることもあった。 ◆ 研究テーマは“完全一致”しない。だから学びが深い 企業研修のテーマは、大学の研究とドンピシャ一致する… なんて都合のいいことは起きない。 分からないことにぶつかり、試行錯誤を繰り返す日々。 でも、理解できた瞬間の景色は一段明るくなる。 挑戦した分だけ、世界が広がる。 ◆ そして現れた“ラスボス”――えげつない最終課題 1年間のラストに待っていたのは、まさに“強制的に成長させる課題”だった。 30ページの論文を作成 できればフランス語、無理なら英語 当時は AI翻訳なんて存在すらしない 最後はベルギーで 全研修生の前でプレゼン 私は、日本語版とフランス語版の両方に挑戦。 2月からは、ほぼ毎日 深夜3時まで執筆 し続けた。 研究内容は難しく、 「無理だ…」と何度思ったか分からない。 ◆ それでも、30ページを書き切った瞬間の歓喜 少しずつ積み上げて、最後の1ページを書き終えた瞬間―― 胸が熱くなった。 ベルギーでの発表でも、手は震えたが、 最後までやり切ったとき、静かな自信が満ちてきた。 「やれば、なんとかできるんだ。」 放置され...

こんな“仲間の形”ある!?——フランスで出会った、人生を変える留学友情記

ブルカヌス×ルノー財団、異なるプログラムが交差した不思議で温かいフランス生活 ■ 驚きから始まったフランス生活 「 うわ、なんて多国籍な毎日なんだ!? 」 フランスに着いた瞬間、私はそんな言葉を心の中で叫んだ。 私が参加していたのは、日欧産業協力センターが運営する ブルカヌスプログラム 。語学研修のあとに企業研修が続く、珍しい“語学+企業”のハイブリッド型。語学だけ、MBAだけという留学制度が多い中、この組み合わせは極めてユニークだった。     ■ 別プログラムの仲間との出会い そんな環境で、私は別の留学制度から来ている仲間たちと自然に距離を縮めていった。 とりわけ印象的だったのが、同じ職場の人間工学チームに配属された一人の男性。 彼は Renault(ルノー)社の財団プログラム でフランスに来ていて、 1年間MBAで学び、その後1年間企業研修を行う という、会社主導の“本気の人材育成プラン”に参加していた。 ■ 大人数で学ぶ環境への憧れ ルノー財団のプログラムは約20名のメンバーが同じ国で学び、研修し、実践するスタイル。 一体感があり、支え合う雰囲気を持っていた。 それは、カナダで一人旅やアルバイトをしながら過ごした私にとって、そしてフランスでは少人数の語学学校から研修に入った私にとって、非常に新鮮で、少しうらやましい姿でもあった。 「こんなにも多様な留学プログラムがあるのか」 と、世界の広さを感じた瞬間だった。 ■ 競争ではなく“支え合い”の留学 そして気づいたことがある。 プログラム同士で競う必要なんてない。 異国で生活するには、助け合うことが何より大事だということだ。 フランス人も、他の国の人たちも、困ったときは快く助けてくれる。 でも、やっぱり 日本人の手助けは“感覚が合う” 。 同じ文化背景があるから、細かなニュアンスまで伝わりやすい。 その安心感が、心に温かく響いた。 ■ 国籍は関係ない、友情の不思議さ 面白いことに、私が一番仲良くなったのはメキシコ人の友人だった。 国籍なんて関係なく、価値観が近い人とは自然に仲良くなる。 ただ同時に、ブルカヌス以外の日本人メンバーにも、私は多くの場面で助けられた。 「みんなで助け合えば、異国でもちゃんと生きていける」 そう確信できたの...