スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

ラベル(海外インターン)が付いた投稿を表示しています

ブログを翻訳

消えた部署、残された私——Renault研修“運命の2カ月”

ある日突然、居場所がなくなったロジスティクス研究員の話 【衝撃の始まり】部署が“丸ごと消える”なんて聞いてない! うそでしょ!? 部署が丸ごと消滅するなんて、誰が想像しただろう。 フランスのRenault社で8カ月の研修に励んでいた私は、残り2カ月というタイミングで“人生最大級の通知”を受け取ることになる。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       【多国籍の不思議な部署】人間工学 × ロジスティクスの混合チーム 私が所属していたのは、人間工学(運転のしやすさ等)と物流最適化が混ざった、少し珍しい研究部署。 私はロジスティクス側で、メンバーはフランス生まれの日本人上司、陽気なフランス人課長、ロシア・ベラルーシなど多国籍。ほとんどが大学院に所属しながら研究しており、理論やシミュレーションソフトを使った分析は、正直かなり難しかった。 【日産方式に挑む】トヨタもできない“完全受注生産”の謎に迫る そんな中で舞い込んだのが、日産生産方式の分析タスク。 Renaultでもトヨタでも達成できない“完全受注生産”を、日産はなぜ実現できたのか。不良が出ても工程をコントロールし、計画順通りに生産するという徹底ぶり。 もしこれを分析・シミュレーションし、現場に落とし込めれば、Renaultにとっては大きすぎるほどのメリットがある。 私は毎日シミュレーションを回し、必死にデータを積み上げていた。 【知らせは突然に】まさかの部署解体、そして…私の名前がない そんなある日、深刻なニュースが届いた。 「部署が統合され、ロジスティクス研究チームは解体される」 人間工学側は存続するが、ロジスティクスは完全消滅。 大学院所属の研究者たちは別部署へアサインされ、研究は継続されるらしい。 では私は? 日本から来た留学生で、準社員でもない。 案の定、私だけアサイン通知が来なかった。 【受け取る部署がない】努力が宙に浮いた瞬間 「レポート提出します」と上司に言うと、返ってきた言葉は残酷だった。 「提出しても、受け取る部署がないんだ」 あっさりした口調に、胸の奥がズキッと痛んだ。 積み上げた分析もデータも、誰にも届かない。 残り2カ月、私は“ただ座っているだけの研修員”になった。 悔しくて、情けなくて...

うそでしょ!? フランス研修の“最後のテーマ”が人生で一番キツかった話

語学3カ月+企業研修8カ月――自由すぎて放置すぎる30年物プログラムの“真のラストボス” ◆ 驚愕の幕開け:「最後のテーマ、これ本当に学生にやらせる!?」 「 えっ、最後のテーマ、こんなに重いの!? 」 思わず天を仰いだ。そんな衝撃で締めくくられた、私のフランス研修1年間。     ◆ 1年間の濃密プログラムと“30年物の伝統” 私のプログラムは、 最初の3カ月が語学研修 その後の8カ月が企業研修 休みを合わせると ちょうど1年間 しかもこの制度、実は 30年続く老舗プログラム 。 MBAのようなビジネス志向ではなく、 日本が強みとする技術・研究系に特化 しているのが特徴だ。 ◆ 自由すぎる…そして放置すぎる運営体制 一方で、事務局の人数はかなり少ない。 欧州でトラブルが起きても、すぐに対応されるとは限らない。 企業研修の開始時には、 住む家探しも一人 契約も一人 困っても誰も助けてくれないことも多々 自由だけど、相当な放置プレイ。 不安で押しつぶされそうになることもあった。 ◆ 研究テーマは“完全一致”しない。だから学びが深い 企業研修のテーマは、大学の研究とドンピシャ一致する… なんて都合のいいことは起きない。 分からないことにぶつかり、試行錯誤を繰り返す日々。 でも、理解できた瞬間の景色は一段明るくなる。 挑戦した分だけ、世界が広がる。 ◆ そして現れた“ラスボス”――えげつない最終課題 1年間のラストに待っていたのは、まさに“強制的に成長させる課題”だった。 30ページの論文を作成 できればフランス語、無理なら英語 当時は AI翻訳なんて存在すらしない 最後はベルギーで 全研修生の前でプレゼン 私は、日本語版とフランス語版の両方に挑戦。 2月からは、ほぼ毎日 深夜3時まで執筆 し続けた。 研究内容は難しく、 「無理だ…」と何度思ったか分からない。 ◆ それでも、30ページを書き切った瞬間の歓喜 少しずつ積み上げて、最後の1ページを書き終えた瞬間―― 胸が熱くなった。 ベルギーでの発表でも、手は震えたが、 最後までやり切ったとき、静かな自信が満ちてきた。 「やれば、なんとかできるんだ。」 放置され...

ここ…本当に“研究所”!?——フランスで見た働き方の景色が、完全に日本と違った話

Renault研修で出会った“おしゃれすぎる研究環境”と“多国籍チームの文化” 「えっ、研究所って、こんなにスタイリッシュでいいの!?」 夏休み明け、フランス・Renault社での研修が始まった初日。私は着いた瞬間から、完全に度肝を抜かれた。     ◆ 街中のオリエンは一瞬で終了。本番は“郊外の研究所”から始まった 最初の数日は、総務がいる街中のオフィスでの研修。 日本でも見慣れたような環境で、「意外と普通だな」と思っていたのも束の間、すぐに終わりを迎える。 そしてついに、私の上司がいる“研究所”へ移動することに。 ◆ Versailleからバスで20分。郊外の“研究集落”へ向かう バスに揺られること20分。 都会の雰囲気が急に薄れて、広々とした道路と緑が広がる“研究特区”のようなエリアに入っていく。 「こんなところに巨大な研究所があるのか…」 車窓からの景色だけでワクワクが止まらない。 ◆ セキュリティチェックは空港並み。パスポート提示に驚く 到着してすぐ感じたのは、“セキュリティの本気度”。 IDチェック、パスポート提示、ゲートの通過。 完全に空港の手荷物検査レベルで、研究施設に対する本気の姿勢が伝わってくる。 ◆ そして中に入ると…日本では見ない“吹き抜け研究所スタイル” 研究所の扉を抜けた瞬間、言葉を失った。 中央がドーン!と吹き抜け。 光が差し込み、空間が広い。 廊下は長く、構造は複雑で、移動には時間がかかる。 日本の“効率的大型ビル”とは真逆のアプローチ。 でも…… とにかくおしゃれ。 ◆ 多国籍チームとの出会いがさらに衝撃だった 私が所属したのは8人の研究チーム。 構成がまた面白い。 フランス人:4人 メキシコ人:1人 アルバニア人:1人 ロシア人:1人 そして私の上司は―― フランス生まれ・フランス育ちの 日本人(ただし国籍はフランス) 見た目は日本人。 日本語もネイティブレベル。 でもフランス語は完全に現地人の発音。 いや、こんな人いるんだ…と本気で感心した。 英語と日本語を操るバイリンガルは見たことがある。 でも、フランス語まで“母語級”という人は初めてだった。 ◆ 研究内容はバラバラ。でも“必ず一緒にやること”が...

“宮殿の町に住む”なんて聞いてない!——フランス家探しで味わったリアルな冒険

語学学校3カ月 → Renault研修 → ベルサイユのフォワイエ面接まで 住まい探しが変えた、フランス生活のストーリー ◆衝撃のスタート:家探し、いきなり壁にぶつかる 「 えぇっ!? 宮殿の近くに住むってどういうこと!? 」 フランスで家探しを始めた瞬間、私は思わず叫びました。 3カ月の語学学校、そしてその後に続くRenault社での企業研修。ワクワクと不安が交錯する中、住まい探しは最初の大きな試練でした。 ◆語学学校を終えて、次はRenaultへ 語学学校を終えると、私は8月末からRenault社で物流研究の研修を担当することが決定。 研究所は Guyancourt(ギャンクール) 。 地図を見ると Versailles(ベルサイユ)市の南 に広がり、ベルサイユ宮殿最寄り駅からバスに乗って少し走ると、突然家並みが消え、パリ郊外らしい風景へ。「ここに研究所が?」と思う頃、巨大な施設がドーンと姿を現します。 ◆さて、住むのはどこ? パリ?ベルサイユ? パリ市内? ——家賃が高すぎて断念。 ベルサイユ? ——「宮殿のある町に住む場所なんてあるの?」と半信半疑。 そんなとき、語学学校の先生が教えてくれたのが、 市が運営するFoyer(フォワイエ)という低価格アパート 。 学生や所得の低い若者向けで、家賃も手頃。 しかし、 入居にはフランス語での面接が必要 。 ◆フォワイエ面接の恐怖…いや、挑戦の始まり 3カ月フランス語を学んだとはいえ、生活に必要な語彙には自信がない。 “落ちたらどこに住む!?”という不安に背中を押され、 自己紹介、生活スタイル、志望理由をフランス語で書き、何度も練習。 最初にパリで受けたRenault面接より緊張していたかもしれない。 今回は生活基盤がかかっているのだから。 ◆面接当日、ベルサイユ駅で見えた景色 面接当日、ベルサイユ駅からバスを待ちながら観光客を見る。 「ああ、この町で暮らすのか…」 そう思うだけで胸がざわつく。 住めれば研究所にも近く、生活費も抑えられる。 何より **“ベルサイユという歴史ある街に住む経験”**自体が、大きな価値になる。 ◆つたないフランス語でも、一歩前へ 面接では拙い言葉でも、とにかく誠実に話した。 結果はどうであれ、挑戦した自分を誇りたい。 そ...