スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

ラベル(Renault研修)が付いた投稿を表示しています

ブログを翻訳

うそでしょ!? “二重言語30ページ地獄”を抜けた日 —— フランス留学で手にした、自分への信頼

Renault研修の集大成。日本語とフランス語の二重レポートに挑んだ、忘れられない日々。 ■ あの日届いた“覚悟スイッチ” 「 えっ!? これ、ほんとに全部やるの!? 」 Renaultでの研修終盤、私に課されたミッションは“30ページの論文”。しかも 日本語とフランス語の二言語で提出 という超高難度ミッションだった。 戸惑う私の背中を押したのは、日本のエンジニアが放ったあの一言。 「やるんだよ。やってきたんだろ。」 この瞬間、“やらなければ”というスイッチが入った。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       ■ AIも翻訳も頼れない時代、私の武器は辞書だけ 当時は今のようにAIもなく、Google翻訳も精度が低い。 結局、 辞書を1ページずつめくりながら、一文ずつ訳していく しかなかった。 しかしその前に立ちはだかったのは、 日本語で30ページ書くこと自体が地獄級に大変 だという現実。 ■ フランス語で破綻、日本語で覚醒 最初は気合を入れてフランス語で書き始めた。 …が、論旨は迷子になり、文章は破綻。 そこで気づいた。 「日本語で書くのが、いちばん私の頭がクリアになる」 まずは日本語で30ページを書き上げ、それを一文ずつフランス語へ。 完全に“根性勝負”の世界だった。 ■ 徹夜・引きこもり・旅行ゼロ。それでも書いた 平日も土日もなく、 Foyerの部屋でほぼ毎日徹夜。 旅行も行かず、友人の誘いも断り、ただひたすら—— 書いて、直して、翻訳して、また直す。 レビューに付き合ってくれたのは、元部署の上司、そしてあの日本人エンジニア。 提出先の部署はもう存在しない。 それでも、 自分の研修の証として書き続けた。 ■ 3月、ついに完成。自分で自分に感動した そして3月初旬。 ついに—— 日本語30ページ、フランス語30ページ、完成。 画面を見つめながら、思わず涙が出るほど感動した。 提出を受け取った元上司の上司は目を丸くして、 「Mais, Noooon!!(まさか!)」 と驚きの声。 あの反応だけで、報われた気がした。 レポートはおそらく、あまり活用されない。 それでもいい。これは、 自分の成長を証明するためのレポート だった。 ■ 次...

消えた部署、残された私——Renault研修“運命の2カ月”

ある日突然、居場所がなくなったロジスティクス研究員の話 【衝撃の始まり】部署が“丸ごと消える”なんて聞いてない! うそでしょ!? 部署が丸ごと消滅するなんて、誰が想像しただろう。 フランスのRenault社で8カ月の研修に励んでいた私は、残り2カ月というタイミングで“人生最大級の通知”を受け取ることになる。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       【多国籍の不思議な部署】人間工学 × ロジスティクスの混合チーム 私が所属していたのは、人間工学(運転のしやすさ等)と物流最適化が混ざった、少し珍しい研究部署。 私はロジスティクス側で、メンバーはフランス生まれの日本人上司、陽気なフランス人課長、ロシア・ベラルーシなど多国籍。ほとんどが大学院に所属しながら研究しており、理論やシミュレーションソフトを使った分析は、正直かなり難しかった。 【日産方式に挑む】トヨタもできない“完全受注生産”の謎に迫る そんな中で舞い込んだのが、日産生産方式の分析タスク。 Renaultでもトヨタでも達成できない“完全受注生産”を、日産はなぜ実現できたのか。不良が出ても工程をコントロールし、計画順通りに生産するという徹底ぶり。 もしこれを分析・シミュレーションし、現場に落とし込めれば、Renaultにとっては大きすぎるほどのメリットがある。 私は毎日シミュレーションを回し、必死にデータを積み上げていた。 【知らせは突然に】まさかの部署解体、そして…私の名前がない そんなある日、深刻なニュースが届いた。 「部署が統合され、ロジスティクス研究チームは解体される」 人間工学側は存続するが、ロジスティクスは完全消滅。 大学院所属の研究者たちは別部署へアサインされ、研究は継続されるらしい。 では私は? 日本から来た留学生で、準社員でもない。 案の定、私だけアサイン通知が来なかった。 【受け取る部署がない】努力が宙に浮いた瞬間 「レポート提出します」と上司に言うと、返ってきた言葉は残酷だった。 「提出しても、受け取る部署がないんだ」 あっさりした口調に、胸の奥がズキッと痛んだ。 積み上げた分析もデータも、誰にも届かない。 残り2カ月、私は“ただ座っているだけの研修員”になった。 悔しくて、情けなくて...

これがフランス生活!?——“質素”がくれた自由と発見の1年間

Amboiseの語学研修からVersaillesの企業研修へ——質素でも前へ進めた理由 驚きから始まったフランス生活 うわっ、これが私のフランス生活!? フランス到着直後、そう叫びたくなるほど、私の留学生活は“華やか”とは程遠かった。 1年間の国費留学で、最初の数カ月は Amboise(アンボワーズ)で語学研修 、その後に Versailles(ヴェルサイユ)での企業研修 という流れだったが、そのどれもが“質素”と“挑戦”の連続だった。 Amboiseでの語学研修:小さな町での大きな学び Amboiseはロワール川沿いの美しい地方都市。 しかし観光地の華やかさとは裏腹に、学生として過ごす生活はとてもシンプルで静かだ。 留学費が作れなかった私は、国費による支援を選択するしかなく、実家もフランスへ仕送りできる余裕はない。 それでも、「行きたい」という気持ちを捨てられず、探し続けて出会ったのが ブルカヌス・イン・ヨーロッパ 。 国費で生活費までサポートされる、奇跡のようなプログラムだった。 Versaillesでの企業研修:いきなりRenault本社へ 語学学校を終え、次のステップはいきなり Renault本社での研修 。 本音ではMBAにも関心があったが、2年間のMBAでは大学の休学制度が使えない。 「今踏み出せる道を選ぶ」 そう決めた結果、語学研修後すぐに本場フランス企業で働くという、貴重すぎる挑戦が実現した。 VersaillesのFoyer生活:質素でも前に進めた Versaillesでは Foyer と呼ばれる安価なアパート に住んだ。 国費の生活費があるとはいえ、貯金ゼロの私は常にギリギリ。 夜ご飯はレンチンの簡易食で 3ユーロほど 。 土日は食堂が閉まり、日曜は街の店という店がすべて休み。 「じゃあ今日はどうやって生きよう?」と毎週のように考える日々だった。 無料でできることを徹底的に探す日々 そんな生活のなかで磨かれたのが、 “お金を使わずに楽しむスキル” 。 美術館の無料デーを調べ、電車賃を節約するために Versailles 宮殿まで片道1時間歩く。 ジャルダン(庭園)だけなら無料で、どれだけ歩いても飽きないほど広大だった。 あの庭を何度歩いたかわからない。 むしろ、散歩が私の中でちょ...

えっ、ここでも日本頼み!? —— フランスの研究現場で気づいた“技術立国ニッポン”の底力

Renault研修で明らかになった、日本の技術が世界に選ばれる理由 【1】衝撃のスタート——フランスの研究所で見た“日本頼み”の現実 「 うそでしょ!? ここまで日本頼みなの!? 」 Renault研究所での研修初日、私は心の中で思わず叫んでいました。ヨーロッパを代表するメーカーの中心でも、日本の技術がこれほど深く信頼されているとは想像以上だったからです。     【2】研修開始でまず気づいたこと——やっぱり日本の技術はすごい 8月、Renaultでの研修がスタートしました。文化も仕事のやり方も異なる環境で、最初に感じたのは、 「日本の技術はやっぱりすごい」 という確信でした。ニュースで見るアライアンス関係とは違い、現場ではその強さが“息づいて”いました。 【3】研究所に広がる日産の存在感——身近に感じる日本の専門性 私の部署には日産の方はいなかったものの、他部署には頻繁に来られていました。廊下で日本語が聞こえる日もあるほどで、 専門技術者としての存在感 は確かなものでした。 しかし人数としては少数。そのため、自然と日本人同士のつながりが生まれます。海外特有の“安心できる空気”がそこにはありました。 【4】日本人会で広がる視野——Renaultの役職者との貴重な交流 誘われて参加した日本人会では、Renaultの役職者の方々と気軽に話せる貴重な機会がありました。 上下関係を超え、 「君はどんなことをしに来たの?」 と興味を持ってくれるフランス流のコミュニケーションは新鮮で、視野が大きく広がりました。 そこで語られるのは、 日本の生産方式への厚い信頼 。 「日産の仕組みは素晴らしい」「日本の改善文化は本当に学びが多い」 そんな言葉を耳にするたび、誇りが込み上げてきました。 【5】海外で気づく“自分の位置”——だからこそ挑戦できる 異国の地に身を置くと、自分の小ささを痛感する瞬間もあります。しかし同時に、 挑戦する勇気をくれる環境 でもあります。 Renaultでの経験は、私自身の成長意欲を一段と強くしてくれました。 日本人会の先輩にかけてもらった言葉が胸に残っています。 「せっかく来たんだから、遠慮しないでどんどん掴みにいけ」 【6】最後の結論——一歩踏み出すのは、いつだって自分 海外で見...

まさか…フランスで“日本”を研究することになるなんて!

Renault物流研究所で気づいた、私の研究テーマの正体 「えっ!? これ、私の研究って“日本を研究すること”なの?」 そんな衝撃の一言から、私のフランス・Renaultでのインターンは幕を開けました。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       ■ フランスで始まった“経営工学としての物流研究” Renaultでの私の役割は、**経営工学(Industrial Engineering)**の観点から物流を研究すること。 配属先は、 Operations Research(OR) の物流チームと、 人間工学(Ergonomics) の専門部隊が同居する特殊な部署でした。 さらに驚いたのは、そこで働く研究者の多くが 大学の研究者 であり、大学教授の指導を受けながら企業で研究する“産学連携インターン”の形を取っていたこと。 「日本でも、こんな仕組みがあればもっと産学協力がうまく回るのに…」 そう考えるきっかけにもなりました。 ■ 物流の矛盾——工場は在庫だらけ、顧客は生産待ち 上司から与えられたテーマは、工場に在庫があふれる一方で、顧客は生産待ちを強いられているという“矛盾”の解決。 理論設計とシミュレーションソフトを使って、最適解を導く——まさに学んできたORの醍醐味です。 「勉強したことが生かせる!」 私は胸を弾ませて研究に取り組み始めました。 ■ …のはずが。まさかの指示「日産生産方式を分析して!」 ところが次に届いた指示は、予想外のひと言。 「日産生産方式(NPW)を分析して報告してほしい」 なんと、物流問題はすでに日産が解決済み。 部品の流れを“順番通り”に制御して生産するNPWは、まさにその回答だったのです。 フランス・ベルサイユ郊外のRenaultで、 日本にルーツを持つフランス国籍の上司と共に、 日本・日産の生産方式を研究する——。 なんとも不思議で、少し誇らしい時間でした。 ■ フランスが注目する、日本人のモノづくり 「確か、Renaultが日産を支援したんじゃなかったっけ?」 そんな背景を持つフランス企業が、今では日本の生産方式に強い関心を寄せている。 フランスから見ても、日本のモノづくりは依然として学ぶ価値がある。 その事実に触れるたび、 日...

“宮殿の町に住む”なんて聞いてない!——フランス家探しで味わったリアルな冒険

語学学校3カ月 → Renault研修 → ベルサイユのフォワイエ面接まで 住まい探しが変えた、フランス生活のストーリー ◆衝撃のスタート:家探し、いきなり壁にぶつかる 「 えぇっ!? 宮殿の近くに住むってどういうこと!? 」 フランスで家探しを始めた瞬間、私は思わず叫びました。 3カ月の語学学校、そしてその後に続くRenault社での企業研修。ワクワクと不安が交錯する中、住まい探しは最初の大きな試練でした。 ◆語学学校を終えて、次はRenaultへ 語学学校を終えると、私は8月末からRenault社で物流研究の研修を担当することが決定。 研究所は Guyancourt(ギャンクール) 。 地図を見ると Versailles(ベルサイユ)市の南 に広がり、ベルサイユ宮殿最寄り駅からバスに乗って少し走ると、突然家並みが消え、パリ郊外らしい風景へ。「ここに研究所が?」と思う頃、巨大な施設がドーンと姿を現します。 ◆さて、住むのはどこ? パリ?ベルサイユ? パリ市内? ——家賃が高すぎて断念。 ベルサイユ? ——「宮殿のある町に住む場所なんてあるの?」と半信半疑。 そんなとき、語学学校の先生が教えてくれたのが、 市が運営するFoyer(フォワイエ)という低価格アパート 。 学生や所得の低い若者向けで、家賃も手頃。 しかし、 入居にはフランス語での面接が必要 。 ◆フォワイエ面接の恐怖…いや、挑戦の始まり 3カ月フランス語を学んだとはいえ、生活に必要な語彙には自信がない。 “落ちたらどこに住む!?”という不安に背中を押され、 自己紹介、生活スタイル、志望理由をフランス語で書き、何度も練習。 最初にパリで受けたRenault面接より緊張していたかもしれない。 今回は生活基盤がかかっているのだから。 ◆面接当日、ベルサイユ駅で見えた景色 面接当日、ベルサイユ駅からバスを待ちながら観光客を見る。 「ああ、この町で暮らすのか…」 そう思うだけで胸がざわつく。 住めれば研究所にも近く、生活費も抑えられる。 何より **“ベルサイユという歴史ある街に住む経験”**自体が、大きな価値になる。 ◆つたないフランス語でも、一歩前へ 面接では拙い言葉でも、とにかく誠実に話した。 結果はどうであれ、挑戦した自分を誇りたい。 そ...