・COBOLからJavaへ、その“当たり前”が崩れた日
・テストケースは消えない資産か、それとも負債か
・量で品質を作る日本的開発のリアル
えっ、まだ増えるの!?テストケースが雪崩のように積み上がる金融現場で、誰も笑えなくなった。
■金融システムは「テストケースが多い」が前提
金融系のシステム構築では、そもそもテストケースが多い。それは常識だ。
勘定系、決済、残高、与信。どれも一つのミスが数億円の事故になる。
だからこそ「テストは多すぎるくらいでちょうどいい」という文化がある。
■COBOL資産は“何十年分のテストの塊”
今回のプロジェクトは、COBOLで動いていた基幹システムをJavaへ全面刷新するものだった。
COBOLの世界では、何十年もかけてテストケースが積み上がっている。
それは単なるチェック項目ではない。
過去の障害、例外処理、業務のクセ、現場の“痛み”そのものだ。
そして重要なのは、
プログラム言語が変わっても、そのテストケースは消えないということだ。
業務ロジックは変わらない。だから本来はそのまま使える。
■ただし「そのままでは使えない」
しかし現実は単純ではない。
COBOLからJavaへ移行すると、気にしなくていい領域が出てくる。
たとえばメモリ管理。
これはJavaのガベージコレクションに任せられるため、関連テストはごっそり不要になる。
またエラーハンドリングも構造が変わるため、テスト観点の再設計が必要になる。
一方で、業務ロジック自体は変わらない。
そのため多くのテストケースは“ほぼ流用可能”でもある。
■結果:テストケースは約1万弱
こうして整理された結果、残ったテストケースは約1万弱。
多いのか少ないのか、現場では誰も断言しない。
ただ一つ言えるのは、「終わりが見えない量」であることだけだ。
■テストは美しいほど順調に崩れる
テスト開始直後は順調だった。
簡単な正常系が次々に通る。
まるで教科書に出てくる消化曲線のように、きれいに進んでいく。
しかし、その曲線は必ずどこかで止まる。
そしてその瞬間が来る。
■どん詰まりは突然やってくる
ある地点を超えた瞬間、テストは止まる。
原因は単純ではない。
・仕様の解釈違い
・COBOL特有の癖
・Java側の設計思想
・そして想定外の業務例外
どれも単独ではなく、複雑に絡み合う。
■徹夜すれば解決するのか?
徹夜したら解決しますか?
いいえ、しません。
むしろ問題は“時間”ではなく“構造”にある。
現場で起きるのは、テストケースとソースコードのにらめっこだ。
そして答えが出ないまま時間だけが過ぎていく。
■リーダーが集まると「仕様」が変わる
詰まった時、時折リーダー層が集まる。
そこで起きるのは単なるバグ修正ではない。
業務そのものの再定義だ。
つまりコードを直すのではなく、
「何が正しい業務なのか」を決め直す会議になる。
■毎日繰り返される進捗報告
現場では毎日、朝と晩に報告がある。
「今日は何件進んだのか」
そこにあるのはストーリーではなく数字だ。
進捗は感情ではなく、量で語られる。
■日本的開発の本質
これは典型的な「量で品質を担保する」開発スタイルだ。
テストケースの網羅性でリスクを潰し、
経験と積み上げで品質を作る。
その結果として、日本の金融システムは世界でも屈指の安定性を持つ。
■しかし、その代償もある
一方で、重い。
変えられない歴史を抱えたまま、
新しい技術へ移行する。
その矛盾を抱えながら、現場は進む。
■テストケースとは何か
気づけばテストケースは単なる確認項目ではない。
それは企業の歴史であり、
失敗の記録であり、
恐れの蓄積でもある。
だから簡単には減らせない。
だから終わらない。
■それでもシステムは前に進む
1万件のテストケースの向こう側で、
新しい金融システムが静かに立ち上がる。
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