うわっ、終わったはずの戦場に、また呼び戻されるなんて——。
■支援のはずが、踏み込めない違和感
あのプロジェクトは、支援として入った現場だった。同期が苦しんでいる。だから助けたい——そう思って動いていた。
だが現実は違った。手を出そうとすると、どこかで止まる。
「そこは依頼範囲外です」
「契約上、難しいですね」
まるで見えない壁があるようだった。
■組織をまたぐと“お金”が発生する構造
大企業では、組織間の支援にも明確なルールがある。
プロジェクトに必要な人員を計画し、その分の人件費を依頼元に請求する。
依頼元が顧客から収益を得ていれば、そこから支払われる。
もし得られていなければ、戦略案件として赤字覚悟で進める。
つまり、支援ですら“コスト”として管理される。
これは冷たい仕組みに見えるかもしれない。
だが、いくつかの企業を見てきた今なら言える。
この仕組みは、むしろ健全だった。
■支援の終わりは、突然に
ある日、判断が下った。
「依頼元からの予算が尽きた。撤退する」
あっけなかった。
我々の部隊は、そのプロジェクトから外れることになった。
残るのは、元の部署。
それが、本来の姿だった。
彼らは、自分たちでできると信じて仕事を取り、プロジェクトを立ち上げた。
しかし回らなかった。
だから、我々が支援に入った。
だが、お金がなければ、支援は続けられない。
■残された責任
その後どうするか。
リスケするのか、顧客と再交渉するのか。
それは、依頼した部署の責任になる。
企業として一枚岩ではないのか?
そう感じる瞬間もあった。
正直に言えば、もっとできたと思っている。
あのとき、もう一歩踏み込めていたら——。
だが、上の判断は明確だった。
そして、次の指示が来た。
■次のプロジェクトは、同じ場所だった
次の案件。
それは、日本の証券業界のど真ん中にある会社の基幹システム。
そして、その開発拠点は——
前のプロジェクトで、必死に戦っていた場所だった。
また、同じ場所。
だが、役割は違う。
状況も違う。
あのときの悔しさが、胸に残っている。
■ビジネスにおける“支援”の本質
この経験から見えたことがある。
支援とは、善意だけでは成立しない。
構造と責任と、そしてコストで成り立っている。
そしてもう一つ。
本当の支援とは、相手の責任を奪わないことでもある。
手を出しすぎれば、相手の成長を止める。
出さなければ、見捨てたように見える。
このバランスこそが、プロジェクト支援の本質だ。
■再び同じ場所へ
次に行く場所は、過去の続きではない。
だが、確実に“延長線上”にある。
あのときの自分より、今の自分はどうか。
同じ景色を見たとき、違う判断ができるか。
それが、試されている。
私ならできる!明日から踏み出す
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