うわっ…成功って、こんなに“うるさい”ものだったのか!? ■ 社会人7年目、現場の違和感 社会人7年目の中盤、私はある開発ベンダーの現場にいた。 それなりに経験も積み、プロジェクトの中核を担い始めた頃だ。だが、そこで目の当たりにしたのは、スキルでも戦略でもない、「声の大きさ」が支配する世界だった。 ■ パワハラ営業という“文化” その現場には、ある有名な営業部長がいた。 社内外で結果を出していることで知られていたが、その裏側は強烈だった。 夜、お客さんと飲んで帰ってきたその足で、突然「11時から会議だ」と号令がかかる。 開発チームの部長陣が呼び出され、席に着いた瞬間——怒鳴り声が飛ぶ。 机を蹴る。 資料を投げる。 言葉ではなく“圧力”で支配する空気。 それが、その場では「当たり前」だった。 ■ 見ているだけで削られる現場 私は直接怒鳴られることは少なかった。 だが、自分の上司が目の前で責められる姿を見るのは、想像以上に消耗する。 ある日、上司がモノを投げられた。 その後、頭を押さえながら静かに戻ってきた。 何も言わず、ただ席に座る。 その背中が、すべてを物語っていた。 ■ なぜ“続いていた”のか 不思議なことに、その営業部長は長くその地位に居続けていた。 理由はシンプルだ。 「結果を出していたから」だ。 売上という絶対指標が、すべてを正当化する。 組織は、その“成功体験”を否定できない。 つまり、あの振る舞いは個人の問題ではなく、構造の問題だった。 ■ 自分も巻き込まれた瞬間 ある時、私はメインプロジェクトの合間に、その営業部長の案件支援に入ることになった。 土日に呼び出され、提案書作成。 本来は上司が受けた案件のヘルプだ。 幸い、上司の配慮で私は会議に出なくてよくなった。 だが、その代わりに上司が前面に立つ。 そして——また怒鳴られていた。 「守られている」という事実と、 「誰かが代わりに傷ついている」という現実。 そのギャップが、強烈に心に残った。 ■ 平成でも、パワハラは“現役”だった 平成という時代は、すでにコンプライアンスや働き方改革が語られ始めていた。 それでも、特定の現場では、こうしたパワハラが“普通に機能”していた。 むしろ、「あれくらいやらないと勝てない」という空気すら...
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