うわっ…人生って、“逃げていた場所”から未来が始まることがある。
入社して8年目。
私は、ある意味で“平穏”なエンジニア人生を送っていた。
いや、正確には違う。
ずっと避け続けていたものがあった。
それが——
パワハラ営業だ。
怒鳴る。詰める。無茶を言う。
現場を振り回し、空気を凍らせる。
そんな人物だった。
だから私は、できるだけ距離を取っていた。
だが、ある日。
突然、その営業案件への参加を命じられる。
「英語できる人、他にいないから」
……え?
■ “英語ができるシステム屋”は、実は少ない
その時、私は開発部隊の中で唯一の参加者だった。
しかも、アプリチームからも一人だけ。
理由は単純。
「英語が多少読めるから」。
これ、IT業界では意外と議論になる話だ。
システムは作れる。
コードも書ける。
だが、“英語で運営される世界”に入れる人材は極端に少ない。
しかも今回の案件は、普通ではなかった。
新しい金融サービスを、日本で立ち上げる。
だが、そのサービス自体が日本に存在しない。
つまり——
業務そのものを海外から輸入する。
システムも。
運用も。
考え方も。
全部だ。
■ ロンドンの金融システム、日本上陸
導入されるのは、ロンドンを中心に使われる世界的金融システム。
当然、ドキュメントは全部英語。
仕様書。
設計書。
運用手順。
会議資料。
全部、英語。
しかも、金融知識まで必要になる。
私は、その頃まだ金融システムの知識は未熟だった。
だが、システムそのものは少しずつ理解できるようになっていた。
だからこそ言われた。
「アプリチーム目線で指摘してほしい」
いや、簡単に言うな。
こっちは、いきなり世界基準の金融システムに放り込まれている。
しかもプロジェクトのコントローラーは、1次受けベンダーの重鎮。
プロパー側も全体統括クラスしかいない。
そこに——
あのパワハラ営業。
そして、その取り巻き。
現場の空気は、常に張り詰めていた。
■ “嫌いな人間”が、巨大案件を取ってくる現実
ここ、かなり議論を呼ぶと思う。
私はその営業が嫌いだった。
今でも、やり方が正しかったとは思わない。
だが。
こんな巨大プロジェクトを取ってくる。
しかも、日本に存在しない金融サービスを海外から持ち込む。
それを実現してしまう。
……実力は、本物だったのかもしれない。
もちろん、組織としてパワハラを肯定する気はない。
実際、その営業はプロジェクト開始後しばらくして左遷された。
だが、ここで難しい問いが残る。
「成果を出す人間」と
「組織として健全な人間」は、同じではない。
日本企業は、この問題にまだ答えを出せていない気がする。
■ これが、“海外への扉”だった
だが、私は決めた。
怖がっていても仕方ない。
これは、自分の人生を変える扉だ。
持てる力を全部出そう。
金融システムも理解しよう。
金融系資格も取ろう。
英語も逃げずにやろう。
このプロジェクトは、確実に大変になる。
炎上するかもしれない。
潰れるかもしれない。
自信なんて、全然ない。
でも。
あの時、身震いしていた感覚を今でも覚えている。
恐怖だったのか。
興奮だったのか。
多分、その両方だった。
そして気づく。
キャリアを変える瞬間は、
“準備が整った時”じゃない。
“逃げられなくなった時”に来る。
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