スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

ラベル(英語)が付いた投稿を表示しています

ブログを翻訳

「英語ができる」と「通訳できる」は、まったく別の仕事だった。

グローバルシステムプロジェクトで知った、「システム通訳」というもう一つの専門性 「えっ、システムのことを英語で話せるのに、通訳はできないの?」 グローバルプロジェクトにシステム担当として入っていた頃、私は何度もこの壁にぶつかった。 私は、それまでシステムのことを勉強してきた。 グローバルプロジェクトにも入り、システムについて議論する。英語も、それなりにはできた。当時のTOEICは790点。 だから、当然こう思う。 「システムのことを英語で話せる。だったら、通訳もできるだろう」 ところが、実際にやってみると……。 いや、これはきつい。 「話せる」と「通訳できる」は違う 自分の考えを英語で話す。 これは、なんとかなる。 相手の話している内容も、7割、8割くらいなら追いついていける。 システムの話なら、専門用語そのものが英語になっていることも多い。 System Architecture、Application、Database、Interface、Integration、Cloud…… むしろ、システム用語が共通言語になっているので、普通にコミュニケーションできる。 システム議論も、なんとかできる。 「じゃあ、通訳をお願いします」 そう言われる。 ここからが別世界だった。 通訳は「自分が話す」のとは違う まず、日本人が話している内容を理解しなければならない。 その内容を頭の中で整理する。 そして英語にする。 次に、相手が英語で話す。 それを理解する。 そして、日本語に戻す。 つまり、自分の意見を話すときとは違って、 二人分の思考を処理しなければならない。 しかも、自分が話している時間が長くなる。 すると、すぐにプレッシャーがかかる。 「早く訳してください」 いやいやいや。 結構むずいよ、これ。 専門知識があるからといって、全部を一瞬で理解できるわけではない。 「今のところ、もう一度お願いします」 そう聞き返す。 すると、またプレッシャーがかかる。 「これを同時通訳している人がいるの?」 正直、最初はそう思った。 「いや、無理だよ。意味を理解している暇なんてないじゃないか」 それでも、何度もやる。 聞いて、理解して、整理して、訳す。 そして、また聞く。 その苦しさが、英語を鍛えていった 不思議なのは、そんな経験を繰り返しているうちに、少しずつ英語が鍛えられていったことだ。...

フルスタックを超える。「翻訳家」という、もう一つの武器

システムを作る側から、システムを「つなぐ側」へ 「えっ、今回はアプリを作らないの?」 今回のシステム開発プロジェクトが始まったとき、少し意外な展開になった。 実は、今回のシステム開発では、自分の部署はそれほど出番がなかった。 というのも、今回導入するシステムは、すでに完成している。ゼロからアプリケーションを開発するのではなく、完成したシステムを日本のビジネス環境に合わせて導入していくプロジェクトだった。 もちろん、話はそんなに簡単ではない。 新しいシステムが突然やってくれば、それまで使っていた周辺システムとの間に「Interface」という問題が発生する。 当然、各周辺システムには改修が必要になる。 「システムは完成しています」 そう言われても、周りのシステムからすれば、 「いやいや、急に新しいものが来たんですけど……」 という話だ。 こうして、Interfaceに四苦八苦するプロジェクトが始まった。 「作る」より「理解する」が仕事になった その周辺システムを作っているのが、私の部署だ。 最初は、今回のシステム導入でも、当然アプリケーション構築が必要になると想定していた。 ところが、システムを理解していくと、少しずつ見え方が変わってきた。 そのシステムは、想像以上に柔軟だった。 Config、つまり設定によって、多彩な調整ができる。 つまり、プログラムそのものを書き換えなくても、多くの要求に対応できる仕様になっていた。 さらに、今回はビジネス側も新しいシステムに合わせて業務を作り込んでいく。 そのため、「日本のビジネスに合わせてシステムを大幅改修する」という場面も、当初想定していたほど多くはなかった。 では、大規模アプリケーション製造部隊にいる自分に、何ができるのか。 そこで役立ったのが、これまで身につけてきた「英語」と「システム」の両方だった。 フルスタックを超える人には、まだかなわない もちろん、世の中には、システムを深く理解し、設計し、実装し、英語でコミュニケーションまで完結できる「フルスタックを超える」ようなメンバーがいる。 正直、そこにはまだかなわない。 でも、自分にはできることがある。 システムの仕様を理解しながら、英語のドキュメントを読み込む。 技術的な意味を理解する。 そして、それを日本のメンバーが理解できる形に翻訳する。 気がつけば、今回の主な作業...

“英語できる奴いない?”——その一言で、地獄みたいな金融プロジェクトに放り込まれた話

うわっ…人生って、“逃げていた場所”から未来が始まることがある。 入社して8年目。 私は、ある意味で“平穏”なエンジニア人生を送っていた。 いや、正確には違う。 ずっと避け続けていたものがあった。 それが—— パワハラ営業だ。 怒鳴る。詰める。無茶を言う。 現場を振り回し、空気を凍らせる。 そんな人物だった。 だから私は、できるだけ距離を取っていた。 だが、ある日。 突然、その営業案件への参加を命じられる。 「英語できる人、他にいないから」 ……え? ■ “英語ができるシステム屋”は、実は少ない その時、私は開発部隊の中で唯一の参加者だった。 しかも、アプリチームからも一人だけ。 理由は単純。 「英語が多少読めるから」。 これ、IT業界では意外と議論になる話だ。 システムは作れる。 コードも書ける。 だが、“英語で運営される世界”に入れる人材は極端に少ない。 しかも今回の案件は、普通ではなかった。 新しい金融サービスを、日本で立ち上げる。 だが、そのサービス自体が日本に存在しない。 つまり—— 業務そのものを海外から輸入する。 システムも。 運用も。 考え方も。 全部だ。 ■ ロンドンの金融システム、日本上陸 導入されるのは、ロンドンを中心に使われる世界的金融システム。 当然、ドキュメントは全部英語。 仕様書。 設計書。 運用手順。 会議資料。 全部、英語。 しかも、金融知識まで必要になる。 私は、その頃まだ金融システムの知識は未熟だった。 だが、システムそのものは少しずつ理解できるようになっていた。 だからこそ言われた。 「アプリチーム目線で指摘してほしい」 いや、簡単に言うな。 こっちは、いきなり世界基準の金融システムに放り込まれている。 しかもプロジェクトのコントローラーは、1次受けベンダーの重鎮。 プロパー側も全体統括クラスしかいない。 そこに—— あのパワハラ営業。 そして、その取り巻き。 現場の空気は、常に張り詰めていた。 ■ “嫌いな人間”が、巨大案件を取ってくる現実 ここ、かなり議論を呼ぶと思う。 私はその営業が嫌いだった。 今でも、やり方が正しかったとは思わない。 だが。 こんな巨大プロジェクトを取ってくる。 しかも、日本に存在し...