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これ全部今週!?――研修初日から全力疾走の現実

説明会の嵐が教えてくれた、「始まり」の重さ うわっ!嵐みたいに始まったぞ――説明、説明、また説明! そんな感嘆が、6月末のある朝、頭の中を駆け巡った。ついに新人の配属。静かな助走期間なんてものはなく、いきなり怒涛の日々が幕を開けた。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       ◆6月末、ついに新人が来た 会議室に集まるフレッシュな顔ぶれを前に、まずは課長、そして上の先輩方からの挨拶が続く。歓迎の言葉と同時に、場の空気は一気に「仕事モード」へ切り替わった。 その裏で、頭の中では別のタスクがぐるぐる回り始める。プロジェクト説明の段取り、時間配分、資料の順番――調整することだらけだ。 ◆先輩の話も、調整が必要 次は先輩エンジニアたちの説明。ここでもただ話してもらえばいい、というわけにはいかない。 内容の重なりはないか、難しすぎないか、新人の理解ステップに合っているか。スケジュールを組み替えながら、ドキュメントにも手を入れていく。 ◆そう、プログラマーは何でもする プログラムの説明が始まれば、当然質問が飛ぶ。すると見えてくるドキュメントの不備。 「ここ、分かりにくいですね」 その一言で、修正タスクが増える。夜になり、みんなが帰ったオフィスで、ひとり静かに資料を直す時間が続く。概要説明を詰め直し、構成を整理し、言葉を選び直す。 ◆チーム分けも、簡単じゃない さらに悩ましいのがチーム分けだ。30人の新人を、どう組み合わせるか。 2人で30人のプログラム教育。しかもゴールは、アプリを作って、サーバで動かすところまで。理想と現実の間で、スケジュール表とにらめっこする毎日だ。 ◆やばい、終わるのか、これ??? 正直、不安しかない。 「本当に回るのか?」 「このペースで大丈夫か?」 そんな問いが、何度も頭をよぎる。だが同時に、これは間違いなく 1つのプロジェクトのスタート でもある。 ◆不安の中で、前を向く 完璧な準備なんてできない。走りながら直すしかない。 説明会の嵐に巻き込まれながら、少しずつチームが動き始めるのを感じる瞬間もある。 だからこそ、言い聞かせる。 私ならできる!明日から踏み出す

もう先輩!?――30人を前に立った日の話

新人だった自分が、教える側に立つまで うわっ、先輩ってどう振舞うんだ!? そんな言葉が、頭の中をぐるぐる回っていた。 気づけば私は、新人の教育係として紹介される立場になっていた。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       突然始まった「教える側」の役割 今年の新人たちを対象に、2か月間でアプリを作り上げる研修プロジェクトが立ち上がった。 内容を聞いた瞬間、「え、自分が?」と心の中でつぶやいたのを覚えている。 準備は、もう一人の先輩と二人三脚。 研修内容を詰め、スケジュールを引き、どこでつまずきやすいかを想像しながら資料を作る。 「これ、新人に伝わるかな?」 そんなやり取りを、何度も繰り返した。 配属発表と、少し張りつめた空気 その年の新人の配属が、少しずつ決まってきた。 部長や課長が各部署を回り、挨拶と業務内容の説明をしていく。 その様子を後ろで見ながら、「もうすぐ本番だな」と、静かに覚悟が固まっていった。 そして迎えた懇親会。 私も“先輩”として参加することになった。 初対面30人、そして「研修をリードする先輩」 会場に入った瞬間、視線が一斉にこちらを向く。 初めて顔を合わせる30人。 その場で私は、「今回の研修をリードする先輩です」と紹介された。 ドキドキした。 いや、正直に言うと、かなりドキドキした。 いきなり、30人の先生役。 しかも、みんななんだかプログラミングができそうな顔をしている。 「このメンバーに教えていくのか……」 期待と不安が、同時に押し寄せてきた。 距離感も、緊張も、全部ひっくるめて 話しかけてくれる人。 少し距離を取る人。 やけに距離感が近い人。 本当に、いろいろいる。 会話をしながらも、手のひらにじんわり汗がにじんできた。 「結構、緊張してるな、自分」 そう自覚した瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。 完璧な先輩じゃなくていい。 まずは、ちゃんと向き合えばいい。 そんな考えが、ふと浮かんだ。 来月から始まる、本当のスタート 懇親会の帰り道、先輩と二人で話した。 「来月から研修始まるね」 「ちょっとドキドキするね」 その一言で、すべてがつながった気がした。 不安なのは、自分だけじゃない。 だからこそ、...

時間ってこんなに違うの!?――社会人2年目、チームで学んだ“見えない制約”の話

残業が当たり前だと思っていた僕が、立ち止まった日 d うわっ!同じプロジェクトなのに、こんなにも時間の流れ方が違うなんて――。 社会人2年目、僕は「時間の管理」という、想像以上に厄介な壁にぶつかっていた。     2年目で直面した“人それぞれの時間” そのプロジェクトは、たった2人のチーム。 先輩は優秀で、指示も指摘も的確。いわゆる頭の切れる人だった。ただし、事情があった。小さいお子さんがいて時短勤務。さらに、関節症を抱えていて、痛みが強い日は少し休みがちだった。パソコンを打つのもつらい時がある、と聞いた。 正直、関節症がどんなものかよく分からず、僕はよく検索していた。女性に多いとか、慢性的な痛みが続くとか。そんな情報を少しずつ知りながら、先輩とも話をした。先輩は症状のことを隠さず話してくれて、子どもを抱っこするのも大変だとか、保育園のお迎えの話も聞かせてくれた。 残業続きの現場から来た“ギャップ” 直前まで、みんなで終電近くまで残業するのが当たり前のプロジェクトにいた僕にとって、その環境はあまりに違った。 16時を過ぎると、先輩は帰る準備を始める。僕はというと、その後ひとりで終電まで作業。正直、戸惑った。 「先輩も苦しかったんだろうな」と今なら思える。でも当時は、「自分がやる!」という意識だけで走っていた。そんな気持ちが、ずっと続くわけもない。 途中から、「なんで?もう少しやってくれても良いやん…」そんな感情が頭をもたげた。 爆発と、救われた瞬間 毎日、16時前になると、先輩は宿題をきれいにリスト化して帰っていく。 ある日、いろいろ指摘を受けたタイミングで、つい言ってしまった。 「先輩、もう無理です」 先輩の行動は早かった。 「え?無理?」と聞くなり、すぐ課長のところへ行き、応援要請。ほどなく、サポートの先輩たちが現れた。 ありゃ?と思った。 あ、ちゃんと話していいんだ――そう気づいた瞬間だった。 今でも覚えている。あの時の先輩の判断。 これが、チームを救う行動なんだ。 早いうちに気づけてよかったこと 今思えば、社会人2年目で「人にはそれぞれ時間の制約がある」と理解できたのは、すごく大きかった。でも、当時は本当に頭を悩ませた。 それでも、抱え込まずに言葉にすること、助けを求めることの大切さを、あの...

全部任されるの!?――社会人2年目、冷や汗から始まった責任の話

新人研修プロジェクトが教えてくれた「逃げられない現場」 うわっ、まさかこのタイミングで!?――社会人2年目に入ったばかりのある日、私は思わず声にならない声を漏らしました。 任されたのは、新人向けの研修プロジェクト。しかも「ほぼ担当すべて」を任される形です。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       社会人2年目、役割が一気に変わった日 昨年までは、先輩の背中を追いながら必死に食らいつく立場でした。 でも2年目になった瞬間、状況は一変します。 「今回は君がメインで進めてほしい」 その一言で、プロジェクトの重みが肩にのしかかりました。 準備期間は1か月、条件はなかなか厳しい 準備期間は約1か月。 担当は、経験豊富な女性の先輩と私の2人。 サポートとして何人か頼れる先輩はいるものの、同じチームの先輩は技術屋ではなく、さらにお子さんが小さく、勤務時間は10時から16時の短時間勤務。 つまり、実質的に「自分がやらないと、後がない」状況でした。 CosminexusとHiRDB――情報が少ない現実 課長から示された方針は明確でした。 「去年の研修資料を使いつつ、サーバ構成は大幅に変える。基盤は日立のCosminexus、DBはHiRDBでいこう」 Cosminexusは昨年少しだけ勉強したことがある。 HiRDBもDBだから、Oracleと似ているはず。 そう自分に言い聞かせましたが、ネット上の情報は驚くほど少ない。 救いだったのは、社内システムなのでマニュアルだけは手に入ることでした。 やることは多い、でも立ち止まれない 環境構築、設定確認、動作検証。 ドキュメントも一部は作り直し。 タスクは山積みで、毎日が判断の連続です。 「これで本当に大丈夫か?」 冷や汗をかきながらも、不思議と逃げたい気持ちはありませんでした。 冷や汗の先に芽生えたもの 気づけば、責任感がはっきりと芽生えていました。 与えられた条件は確かに厳しい。 でも、やらないと前に進まない。 誰かがやるのを待つより、自分がやる。 社会人2年目で初めて、「任される側」の覚悟を持てた気がします。 この経験は、きっとこれから先の自分を支える土台になる。 そう信じて、今日も一歩ずつ積み上げていく。 ...

この体制!?――夏を乗り切る鍵は「人の組み方」にあった

新人講習と同時に始まった、静かな覚悟の物語 うわっ、ここで体制発表!?――思わず背筋が伸びた瞬間だった。 新人講習のリードを任されることになり、同時にチーム体制が発表された。内容を聞きながら、これは単なる役割分担ではない、と直感した。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       支える人たちが、すでに決まっていた 体制の中心には、社内でも「優秀」と評判の女性課長。その隣には男性課長がサポート役として控える。安心感のある布陣だった。 さらに、前回の技術サポートを担っていた先輩2人が、今回は「支援」という立ち位置で入る。全体として、守りは堅い。 実際に動くのは、たった2人 だが、実務を回していくのは2名だけ。 ――私と、1人の先輩。 その先輩は女性だった。女性が普通に活躍している会社なので、2人チームが女性×男性でも、正直まったく驚きはなかった。 リーダーは先輩。担当と実務は私。役割は明確だった。 一番の難題は「時間」だった やってみて分かったが、一番大変だったのは作業量ではない。時間の配分だった。 先輩は育休明け。お子さんはまだ2歳。勤務は時短で、10時から16時まで。 さらに、極度の関節症を抱えており、ひどいときは動けないこともあるという。 最初に打ち明けてくれたこと その事情を、先輩は最初に正直に話してくれた。 だからこそ、基本作業も説明も、私がやらなければならない。 ただ、その時点では「それがどういう意味を持つのか」を、正直よく分かっていなかった。 見えていなかった、自分への影響 「先輩、大変だな」 そう思ってはいた。でも、自分の作業にどれほど影響するのかまでは想像できていなかった。 やるほどに、自分が前に出る場面が増えていく。その現実に、少しずつ気づき始めた。 それでも、一緒にやる理由 それでも――先輩は、驚くほど熱意があった。 限られた時間の中でも、チームのこと、新人のことを本気で考えている。その姿勢が、はっきり伝わってきた。 「この方と一緒に、夏の最後まで乗り切るんだ」 そう腹をくくった瞬間、体制の意味が腑に落ちた。 チーム体制は、覚悟の設計だ チームの体制は、単なる配置ではない。 誰が前に立ち、誰が支え、どこで踏ん張るのか。その覚悟まで含めて設計さ...

次は教える側!?――HyperCare明けに待っていた“新人講師”という現場

HyperCareの先にあった、もう一つの本番 うわっ、もう次!?――椅子に深く座る間もなく、次の現場が決まった。 1ヵ月続いたHyperCareからようやく解放された僕に、次のプロジェクトのアサインが告げられた。その内容を聞いた瞬間、少しだけ背筋が伸びた。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       次の役割は「新人の講師」 次に入ってくる新人の講師担当。 正確には、3か月の研修を終えた新人のうち、金融系システムを担当するメンバーを鍛える役割だという。毎年、金融システムに配属された何十人かを5人組に分け、チームで開発を経験させる研修。その“現場の先生役”が僕らになる。 そう、去年は自分が受ける側だった研修だ。 Javaだけじゃない、教える範囲の広さ 何十人もの新人にJavaの基礎を教え、サーバ構成、プログラム構成を説明する。それだけじゃない。 要件定義の考え方、設計の進め方、テストの方法、エビデンスの残し方まで、開発の全体像を伝えなければならない。 自分自身がこの研修を基礎に成長してきたことを思うと、その重要性はよく分かる。だからこそ、責任も重い。 夜遅くまで詰まった、あの記憶 ふと、去年の記憶がよみがえった。 詰まりに詰まって、夜遅くまでビルに残っていた日々。特にサーバ管理は難しかった。Javaのサーバ周りは変化が早く、最新を追い続けるのが本当に大変だった。 おっと、これは結構タフなのがきたぞ、と正直思った。 同じビル、同じ通勤時間という救い 研修の場所は、去年と同じビル。 良かった、通勤時間は変わらない。遠くない。それだけで、少し気持ちが軽くなる。同期の中には、遠方のプロジェクトに配属され、満員電車がしんどいと愚痴っている人もいる。それに比べれば、恵まれているのかもしれない。 とはいえ、何十人もの質問に答えるのは簡単じゃない。これはこれで、かなりタフだ。 少人数体制だからこそ、気が引き締まる 対応人数は、メインが僕ともう1人。そこに先輩2人がサポートに入る体制だという。決して多いとは言えない。 だからこそ、逃げ場はない。自然と気が引き締まった。 教える立場になるということは、自分の理解が試されるということでもある。去年の自分を思い出しながら、今年は支える側に立つ。その変...

もう次?――Hyper Careの余韻と、その先にあるプロジェクト

ローンチ後3日間と、3カ月間が教えてくれた「本当の区切り」 うわっ、次のプロジェクト!? 本番リリースが終わった直後、ふと頭をよぎったのは安堵ではなく、次の予定でした。システムは無事に立ち上がった。でも、エンジニアにとって本番は「終わり」ではありません。そこから始まるのが、Hyper Careと呼ばれる期間です。     本番直後の3日間――24時間、気が抜けない時間 私の経験上、ローンチ直後はまず3日間のホットスタンバイ。 基本は24時間、いつでも連絡がつく状態を保ちます。 稼働時間帯にもよりますが、夜間に動くバッチシステム、データ転送処理などがあると、夜も気は休まりません。 「何も起きないこと」を祈りながら、何かが起きた瞬間に即座に動ける体制を取る。それがこの3日間です。 もちろん、1日目はだいたい何かしらあります。 ログの想定外、運用手順の勘違い、小さなデータ不整合。 でも2日目、3日目になると、システムの“癖”が見えてくる。 「ああ、これは大丈夫だな」という感覚が、少しずつ戻ってきます。 4日目から始まるHyper Care――静かな戦い 問題なく3日が過ぎると、24時間のホットスタンバイは徐々に解除され、4日目あたりから本格的なHyper Careに移行します。 Hyper Careは運用メンバーだけでなく、開発プロジェクトのメンバーも残り、一定期間サポートを続けるフェーズです。 ここでは、致命的な問題が次々に起きるわけではありません。 代わりに見つかるのは、「小さいけれど無視できない不具合」。 「この問題は3日で直そう」「これは1週間かかるな」と、優先度を付けながら対応していきます。 修正版はまとめて本番へ。1週間後のリリースまでに、できる修正をすべて入れる。そのサイクルを、淡々と繰り返します。 人は少しずつ抜けていく 時間が経つにつれ、Hyper Careに残る開発メンバーは減っていきます。 次の案件、次の役割、それぞれが次の現場へ向かっていく。 私の最初のプロジェクトでは、Hyper Careにいたのは1カ月間でした。 立ち続けた本番リリースから、ちょうど1カ月。 ようやく「終わった」と実感できた頃、言われた一言。 「じゃあ、次のプロジェクト。」 唯一、思っていたこと そのとき...

終わった翌日がこんなに晴れるなんて――本番明けに知った「仕事のご褒美」

初めてのシステムローンチが教えてくれた、続けた人だけが見える景色 うわっ、世界が一段明るくなった!? 本番が明けた日の朝、カーテンを開けた瞬間、そんな錯覚を覚えました。 前日の張りつめた空気が嘘のように、空は晴れていて、気持ちも驚くほど軽かったのです。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       ■ 初めて体験した「本番へのシステムローンチ」 社会人1年目。 私は初めて「本番へのシステムローンチ」というものを体験しました。 開発、テスト、修正、確認。その繰り返しの先にある“本番”。 言葉では知っていても、実際に立ち会うまで、その重みは分かっていませんでした。 今振り返ると、本番稼働の瞬間に立ち会えたこと自体が、実はとても幸運だったのだと思います。 ■ ローンチに辿り着けない人もいるという現実 同期の中には、途中で別の業務に移った人もいました。 エンジニアの方々の中にも、このローンチの日を迎えることなく、現場を離れた人がいます。 少し考えれば、それは特別なことではありません。 システム開発には、本当に多くの人が関わります。 部品を作る人、機能を実装する人、設計だけを担当する人、提案だけで終わる人、ドキュメント作成で役割を終える人。 途中で抜けていく人が多いのも、ある意味「普通」なのです。 ■ それでも「最後までいた」から見えたもの そんな中で、ローンチの日まで現場にいて、 市場に“自分が関わったシステムが出ていく”感覚に出会えたこと。 これは、間違いなく自分の財産になりました。 ローンチ当日は、正直、色々ありました。 トラブルもあり、想定外もあり、気持ちはかなり沈みました。 「本当に大丈夫なのか」と、不安が頭から離れなかったのを覚えています。 ■ そして次の日、世界はちゃんと続いていた でも、次の日は晴れていました。 不思議なくらい、僕の気持ちも晴れていました。 次の仕事は、まだ言われていません。 しばらくは、このシステムのメンテナンスを続けていくことになります。 派手ではないけれど、確実に「続きの仕事」です。 そして私は思いました。 また次に向かって、歩み出せる、と。 ■ 本番を越えた人だけが持てる感覚 最後までやり切ったからこそ得られる感覚が...

立ったまま夜!?――脂汗と「座れなかった10時間」が教えてくれた本番の現実

完璧だと思ったテストの、その先にあったもの うわっ!まさか、ここで止まるなんて――。 それが、本番当日の最初の感情でした。 その日は 平日の昼間 。 当時のルールでは、大きな変更は土日に実施するのが常識でした。でも今回のリリースは、私が担当した Web機能の一部 と、 同期が作った連携機能 、さらに 別チームが作った店舗機能 が組み合わさる構成。 万が一止まっても社会的ニュースになるものではない。そう判断して、 平日ローンチ を選びました。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       ■「テストは完璧」だと思っていた 正直に言えば、かなりテストしました。 自分のWeb機能も、同期の連携機能も、別チームの店舗機能も。 「ここまでやったら大丈夫だろう」 そう、 本気で思っていました 。 ■お客様の会議室、和やかな空気 本番当日、私は先輩と一緒に お客様の会議室で待機 していました。 昼間のオフィス。 雑談も交えながら、和気あいあいと報告を待つ時間。 そして、最初の一報が届きます。 「……データが、飛んでいません」 ■びっくりした!脂汗が一気に出た 一瞬、意味が分かりませんでした。 え? データが、ない? その瞬間、 脂汗がドッと湧いてきた のを今でも覚えています。 「あれ?何か見落とした?」 「テスト漏れ、あったかな?」 先輩の顔も、明らかにこわばっていました。 ■原因が…分からない すぐにオフィスへ移動。 全員がPCを開き、ネットワーク、連携機能、店舗側…… 片っ端から確認します。 でも、 原因が分からない 。 データが無いせいか、画面も正しく表示されない。 そのとき、私は気づきました。 自分、ノートPCを持ってきていない。 ■何もできず、立ち尽くす 先輩は必死に開発チームと電話。 私は…… 何もできない 。 机の隅で、ただ立っていました。 「自分の影響なのか?」 「誰かのバグなのか?」 分からない。でも、オフィスに戻って調べることもできない。 考えながら、ただ立っている。 ■「座ってて良いっすよ」…でも、座れなかった 気がつけば 2時間 。 さらに時間は過ぎ、 気づけば深夜 。 昼から立ちっぱなしだから…… 10時間く...

ここで本番!?――静かな現場に鳴ったカウントダウン

  一人残ったプロジェクトで学んだ、「最後に立つ」という仕事 うわっ、いよいよ来た!? それは、まだ寒さが残る2月のことだった。 「いよいよ本番を迎える」――言葉にすれば簡単だが、その裏側には静かで濃密な時間が流れていた。     ■ 気づけば、自分だけが残っていた 同期は全員、次のプロジェクトへ移っていった。 にぎやかだった現場は少しずつ静かになり、私はこのプロジェクトに残ることになった。 不安がなかったと言えば嘘になる。でも、ここで踏ん張るしかない、そう腹をくくった。 ■ カバーする日々が、力になる 先輩と二人で、同期が残していったプログラムをカバーしながら、追加テストを進める。 合間には、溜まっていたE-learningを消化し、たまに来るお客様からの確認や指摘にも対応する。 メインの機能はできている。残るは微修正――そんなフェーズだった。 ■ 「ちょっとした指摘」のはずが… そんな時、飛んできた大きな指摘。 「画面の見た目を少し変えてほしい」 一見、軽そうに聞こえるその要望は、実はサーバ設定を変更しなければ対応できない内容だった。 ユーザーが見ているポイントと、システム側で手を入れるポイントは、必ずしも一致しない。 「いや……これは……」 先輩と顔を見合わせ、どう解決するかを話し合う。 ■ 折衷案を探し、問題と向き合う 理想を追えば工数が増える。 現実を取れば満足度が下がる。 その間で折衷案を考え、しっかり問題と向き合う。 バグ対応とは、こうした時間の積み重ねなのだと、身をもって知った。 ■ 同期のコードが教えてくれたこと 同期が残していったプログラムにも手を入れる。 ――さすがだ。バグが少ない。 コードがきれいで、意図が読みやすい。 画面越しに、同期の仕事ぶりを感じながら、少しずつ対応を進めていった。 ■ 迫る本番、かけられた一言 気づけば、「いよいよ本番」が目前に迫っていた。 そんなある日、先輩から声がかかる。 「本番の日、一緒に立ち会う?」 返事はもちろん、YESだ。 ■ さ、いよいよ本番だ 派手な達成感はないかもしれない。 でも、最後まで残り、問題と向き合い、責任を持って立ち会う。 その経験は、確実に自分の背中を押してくれる。 私な...

またいなくなるの?――開発現場で人が抜けていく本当の話

人が集まるフェーズは、いつもにぎやかだ うわっ、また席が空いてる!? 開発現場でふと周りを見渡したとき、そんな違和感を覚えたことがあります。 開発プロジェクトって、本当に不思議です。 始まったばかりの頃は、人がどんどん入ってきて、チームが一気に拡大する。要件定義や設計が進み、「この人、誰だろう?」という新しい顔が増えていく。最初は挨拶ばかりで、たまに歓迎会もあって、「このプロジェクト、勢いあるな」と感じていました。     順調そうに見えていた、あの頃 人の入れ替わりが多いことに、不思議さはありました。でも当時は、「仕事が順調なんだろうな」と深く考えなかったのです。 すごくできる人もいれば、新人みたいな人もいる。経験も背景もバラバラだけど、それがチームの強さだと思っていました。 テストが始まると、人はいなくなっていく 変化を感じたのは、開発が終わり、テスト工程に入ってからでした。 気づくと、いろんな人がいなくなっていく。 しかも、開発の中心だった人まで、思ったより早く抜けていった。一緒に入った同期も「次のプロジェクトね」と言われ、別の現場へ。 最初は、「プロジェクトに合わなかったのかな?」と思いました。 でも、それは違いました。 それは、会社が前に進むための判断だった 理由は、もっと現実的でした。 次の重要プロジェクトに引っ張られていく人。 予算の関係で、単価が高い人を長く確保できない判断。 テスト工程で、待っている人を増やしても仕方がないという判断。 つまりそれは、 会社の中での人のやりくり 。 プロジェクトごとの収支をキープし、全体を回すための工夫だったのです。 そこまで分かるまで、正直、少し寂しかった。 でも今は思います。 人が抜けていくのは、失敗じゃない。役割を終え、次の価値を生む場所へ進んでいくということなのだと。 私ならできる!明日から踏み出す そう思えたとき、開発現場の景色は、少し違って見えました。

手が止まった瞬間、成長が始まった――開発現場に生まれる「待ち時間」の正体

走り続けた新人エンジニアが、空白の1カ月で学んだこと うわっ、急にヒマ!? 開発とは、常に忙しく、常に追われるもの。そう信じて疑わなかった私に、ある日ぽっかりとした「時間の空白」が訪れました。 私が日立に入社して最初に携わったのは、銀行向けのシステム開発。 社会インフラを支える現場で、開発は当然ながら チーム戦 です。 空いた時間でお小遣いを貯めよう!「アイリサーチ」       ■ プログラムは個人、システムはチーム プログラムを書くのは個人作業。 ですが、システムが「動くかどうか」は、完全にチーム次第です。 どれだけ自分が完璧でも、他が揃わなければ意味がない。 新人だった私は、先輩に助けてもらいながら、なんとか期限内に開発を終えました。 テストも無事に完了。 「やりきった」という達成感でいっぱいでした。 ■ 余った時間で、もう一度テスト 少し時間に余裕ができたので、追加テストを実施。 構成管理担当に言われたフォルダにプログラムを格納し、証跡もきちんと整理。 完璧だ。 そう思った矢先に言われた一言。 「本番まで、まだ1カ月あるよ」 ■ 新人は知らないところで、物事は進む そこから始まったのは、 ・他チームの開発待ち ・お客様側での試験 ・最終報告会に向けた調整 新人の自分が参加できない場所で、プロジェクトは進んでいきます。 私はと言えば、作業が終わっているので、すっきりした状態。 ――そして、1カ月待ち。 ■ バグは出ない、証跡だけが増える 追加テストを重ね、品質は確保。 でも、バグは見つからない。 積み上がるのは、エビデンスだけ。 たまにお客様から質問が来て、それに答える。 「お客様側でもテストしてくれているんだ」という安心感。 とはいえ、1カ月は正直、長い。 ■ 忙しい人と、余白のある新人 上の人たちは、全体統制で常に時間が足りない。 一方で私たちは、勉強会を開いたり、教育を受けたり、有休を消化したり。 開発でドタバタした分を埋めるような 調整期間 になっていました。 正直、急にこんな時間が来るとは思っていませんでした。 張りつめていた気持ちが、ふっと抜ける感覚。 ■ 開発には「待ち」も必要だ このとき、初めて気づきました。 開発には、走る時間だけでなく、 立ち止まる時間 も必要だということ。 みんなで作る。 みんなで待つ。 それも...