ああ、壊れているのは成果ではなく、関係性そのものだった。
社会人5年目。金融プロジェクトのど真ん中。
ほぼ毎日終電。土日も出社し、ドキュメント修正とサーバ管理。ノートPCではないから持ち帰れない。ローカルサーバには家からアクセスもできない。リモートという概念すらなかった。
後輩も、隣で必死にやっていた。
仕事は速いとは言えない。だが、やはり京大だなと思わせる理解力があった。フレームワークを一緒に咀嚼できる。ほぼ毎日一緒にご飯を食べ、同じ戦場に立つ仲間だと信じていた。
信頼していた。
理解力を認めていた。
それでも、関係は少しずつずれていった。
ずれは“能力”から始まらない
会議での受け答え。
作業スピード。
少しずつ、自分の想定と違う。
少しずつ、自分の描くスケジュール通りに進まない。
私は話さなかった。
「こうすべきだ」と思っていた。
そして、合わせてくれるはずだと信じていた。
いや、合わせるべきだと思っていた。
気づけば語気が強くなり、声も大きくなっていた。
だが、仕事は前に進まない。
考えるのではなく、悩むようになっていた。
■ 構造の再定義
表面の問題
後輩のスピードが遅い。
自分の期待に合わない。
本質的ボトルネック
期待の“共有なき固定化”。
信頼を、暗黙の同調だと誤認していたこと。
再定義
関係性の崩れは、能力差ではない。
「期待設計」の不在である。
私は、「理解力がある=同じ判断をする」と無意識に結びつけていた。
しかし、理解できることと、優先順位を共有することは別だ。
ここで抽象化できる。
人は能力で衝突するのではない。前提で衝突する。
具体に戻る。
私は納期最優先。
彼は品質担保を重視。
どちらも正しい。だが、その優先順位を一度も言語化していなかった。
再び抽象へ。
プロジェクトが壊れる瞬間は、
“暗黙の優先順位”が可視化されないときだ。
経営への示唆
あなたの組織で、
「できるはずだ」と思っている相手に、前提を明示しているか?
成果が出ないとき、
能力を疑う前に、期待の設計を疑っているか?
私は、自分の正しさを守ろうとしていた。
だから語気が強くなった。
だが守るべきだったのは、関係性の構造だった。
考えるとは、構造を見ること。
悩むとは、感情に沈むこと。
あの経験が教えてくれた。
信頼は感情ではない。
構造である。
だからこそ、設計できる。
私ならできる!明日から踏み出す
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