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「理解できない金融システム」に挑む——社会人8年目、突然決まったロンドン2週間出張

うわっ!羽田空港の搭乗ゲートが、“人生の難易度変更ボタン”に見えた――。 プロジェクトが始まって、まだ1ヵ月。 突然、上司から言われた。 「ロンドン出張、2週間ね」 え? 研修ではない。 視察でもない。 完全に“仕事”としての海外出張だった。 しかも行き先は、ロンドン。 金融街Waterloo。 当時の私は、社会人8年目。 グローバル案件への憧れはあった。 しかし、正直に言うと、金融の仕組みなんて、ほとんど分かっていなかった。 もちろん、一生懸命勉強した。 市場、決済、トレーディング、金融ネットワーク…。 でも、難しい。 本を読んでも、会議に出ても、正直「分かった気がする」レベルだった。 そんな状態で、突然決まったロンドン出張。 しかも目的は、 「ロンドンで動いている金融システムを理解しに行くこと」 いや、無理では? “大企業案件”のリアル 今振り返ると、こういう巨大案件に入れるのは、大企業の強さだと思う。 日本の金融市場にも影響を与えるレベルのシステム。 その現場へ、実際に行ける。 これは普通では経験できない。 だからこそ、私は思った。 「ここで実力を見せないといけない」 まだ何者でもない。 でも、ここで結果を出せれば、自分は変われるかもしれない。 気合だけは、異常に入っていた。 ロンドン金融街・Waterlooへ メンバー構成は5人。 ・サーバチーム ・運用メンバー ・アプリケーション担当の私 ・そして、プロジェクト部長 営業はいなかった。 つまり、“売るための出張”ではない。 純粋に、システムを理解するための出張だった。 このメンバー構成が、逆に緊張感を生んでいた。 特に、システム部長。 寡黙。 静か。 でも圧倒的な威厳がある。 余計なことは話さない。 しかし、質問には本質だけを返す。 当時の私は、その空気だけで緊張していた。 2週間は長いのか?短いのか? 当時は、「2週間の海外出張」と聞いて、かなり長く感じた。 初めての泊まり出張。 しかも海外。 それだけで非日常だった。 でも、今なら分かる。 巨大金融システムを理解するには、2週間なんて短すぎる。 サーバ構成。 運用設計。 監視。 DB。 ネットワーク。 市場との接続。 一つ理解すると、...

「グローバル案件=英語ができる世界」だと思っていた。待っていたのは“翻訳地獄”だった。

うわっ!机の上に積まれた英語ドキュメントが、まるで金融街のビル群みたいに見えた――。 社会人8年目。 私はずっと「グローバルプロジェクトに入りたい」と手を挙げ続けていた。 英語は少しだけ自信があった。 とはいえ、TOEICは750点。 今思えば、全然ペラペラではない。 でも、海外案件に関わりたい。 海外の人たちと仕事をしたい。 日本だけでは見えない世界を知りたい。 そう思いながら、少しずつ英語を勉強し、その時を待っていた。 そして、ついにそのチャンスがやってきた。 「英語プロジェクトに入ります」 当時の私は、かなり嬉しかった。 やっと来た。 待ちに待ったグローバル案件だ、と。 ただ、そのタイミングで気になっていたことがあった。 チームの中に、かなり強烈な“パワハラ気質”の営業がいたことだ。 正直、空気は重かった。 でも、仕事は仕事。 「せっかく掴んだチャンスだ。全力でやろう」 そう自分に言い聞かせていた。 ロンドンが本拠地の金融システム プロジェクトの中心はロンドン。 ロンドンの金融会社のシステム部門が持つシステムを、日本へ展開する案件だった。 日立は、日本側ベンダーとして参画。 私たちの役割は、そのシステムをプロフェッショナルの視点で確認し、日本への導入方法を探ることだった。 基本的には、ロンドンで動いているシステムをパッケージ化して持ってくる。 日本側にもサポートメンバーはいる。 しかし、本拠地は完全にロンドン。 つまり、情報も文化もルールも、全部“向こう基準”だった。 そして、アプリケーション部隊は――私一人。 最初の仕事は「読むこと」 大量のドキュメントが渡された。 運用設計書。 スケジュール定義。 バッチ処理設計。 DB設定。 サーバ構成。 ネットワーク構成。 外部システム連携。 金融システムらしく、かなり細かく書かれていた。 逆に言えば、読むことができれば、全体像は見えてくる。 だから最初の仕事は明確だった。 「まずは、このドキュメントを読み解くこと」 しかし、最大の問題が発生する 2次ベンダーから、それぞれ専門領域を持ったメンバーがアサインされてきた。 サーバ担当。 ネットワーク担当。 DB担当。 みんな、それぞれのドキュメントを読み始める。 …が。 ...