スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

ラベル(年収)が付いた投稿を表示しています

ブログを翻訳

あれ?この人、年収1000万円超えてるの?

うわっ、年収の数字に心を奪われた瞬間、私のエンジニア人生の見え方が変わった。 憧れだった「フルスタック」 エンジニアの世界には、前に出て目立つ人だけではなく、地道にシステムを作り続けている人がたくさんいる。 そして、エンジニアは勉強熱心な人が多い。 私もそうだった。 サーバー、ネットワーク、アプリケーション。 それぞれの専門領域を理解し、さらに全体を見渡して、必要な人に指示を出せる。 プロジェクト開発の全体像を理解し、システムを動かせる。 そんな人は「フルスタックエンジニア」と呼ばれ、エンジニアの中でも目標の的になる存在だった。 実際、IPAの難しい試験を受けに行くと、一日がかりの試験会場に、何人ものエンジニアが集まっている。 「この人たちも、いつかフルスタックを目指しているんだろうな」 そんな空気を感じていた。 私にとって、フルスタックは憧れだった。 ところが、フルスタックの「さらに先」がいた あるとき、ロンドンのシステムを日本へ導入するプロジェクトに関わった。 そこでシステムをサポートしていたのが、イギリス人と日本人のコンビだった。 イギリス人のエンジニアは、システムをよく理解していた。 技術の話をすると、構造をすぐに理解する。 「やっぱり外国人はシステムに強いんだな」 私は、自然にそう思っていた。 でも、ある時ふと気づいた。 「いや、このイギリス人と対等に話している、この日本人は何者なんだ?」 その日本人は、日本で一人だけ採用された、英語も日本語も話せるエンジニアだった。 英語でシステムを議論し、日本語でも議論する。 技術だけではない。 ビジネスの話まで理解し、調整し、そして自分で実装までこなしている。 システム、ビジネス、言語。 そのすべてをつないでいた。 私は、すぐにその人に憧れた。 「日本人でも、ここまでいけるんだ」 後になって分かった。 私が「外国人の方がシステムに強い」と感じていたのは、外国人バイアスだった。 本当にすごかったのは、そのイギリス人と対等に渡り合い、さらに日本側のビジネスまで動かしていた日本人だった。 そして、年収の話になった ある日、その人が年収の話をしていた。 私は、それなりに自分の年収に自信があった。 日本有数の大手SIerで働くエンジニア。 社内でも難しい金融システムの開発をリードしている。 年収は700万円。 年齢を考えれば、...